第12話

 木更津にある隆子の家に行って、その後の週明けの月曜、放課後。


「ごめん、みゆきち先帰ってて」


 いつも一緒に帰る真由が、わたしにそう言い残してそそくさと教室を出ていった。

 一人で帰るのは、何も苦ではない。むしろ前世ではその方が普通だった。とはいえ真由が理由も告げずにわたしを放っていくのは、少し不思議だったので、わたしは少し遅れてから、真由を追いかけてみた。

 真由は教室とは別の校舎にある、誰もいない女子トイレへ小走りに駆け込んでいった。

 何だろう。トイレに行くだけなら近くですればいいのに。

 そう思って女子トイレの中を覗いたら、個室は閉まっておらず、一番奥に真由と、もう一人誰かの姿があった。

 すぐにわかった。金井昴大。真由の彼氏だった。

 わたしは、その時点で覗き見していることに罪悪感を覚えて、それ以上はよく見なかったのだけれど、金井くんは立っていて、真由はひざまづいて、腰のあたりに真由の頭があった。

 何をしているのかはすぐにわかった。

 ほどなくして、げほっ、という真由のむせる声が聞こえた。それから二人の会話が始まった。


「もう、こんなとこ呼び出すとかサイテーだぞ」

「最近会えなかったじゃん」


 二人がトイレから出てくる可能性を考えて、わたしはその場を離れた。

 一人で帰りながら、色々と心の中でもやもやするのを感じた。

 高校生ともなれば、適切なパートナーさえいれば、そういうことに手を出すのは不思議ではない。前世の自分にはとことん縁がなかったというだけで。

 それはわかっていたのだが、誰かに見つかるリスクのある学校内であんなことをするのは少し不誠実なように思われた。呼び出した金井くんがまず悪いし、それに応じる真由もどうかと思った。

 もちろん、女子にとって彼氏の存在がとても大きいことはわかっているのだが、自分と一緒に帰ることより、男子とあんなことをする方が優先なのかと、真由に対して落胆もした。

 そんな訳で、いつもより重い足取りで校門を目指していたら、隆子とばったり会った。


「どした?」


 隆子は、わたしの様子が少しおかしいのに気づいたらしい。やけに心配していて、わたしの顔を下からのぞきこんできた。もしかしたら、先週隆子の家であったことが原因だと、勘違いしているのかもしれない。


「さっき、真由が……」


 わたしは、周囲に誰もいないことを確認してから、隆子にさっき見たもののことを伝えた。


「ふーん」


 隆子はしばらく、何かを思い出すように、曇り空を眺めながら歩いていた。


「まあ、みゆきちには刺激が強すぎたか」

「何それ」


 経験の差があるのは知っているが、子ども扱いされたようで少し腹が立ってしまう。


「いやさ。学校でヤるなんて普通だよ。夕方の運動部の部室棟とか、部屋によっては中から鍵かけられるし。家に家族がずっといる家とかだとヤる場所ないしさ。真由がそういう事してても、ぼくは意外じゃないかなって」

「そ、そうなんだ」

「まあ、学校ではしないに越した事はないかな。見つかったら面倒だし」

「そうよね。停学とかになったらどうするつもりなのかしら」

「そこまではならないんじゃね。知らないけど」

「そんなにしてまで、男子の要求に答える必要あるの?」

「さあ? それは真由の気持ち次第だけど。真由はバイト、昴大は部活で忙しいし、あんまり会えてなかったのかもね。真由は昴大と二人で一緒に居られればそれで嬉しいってタイプだから。二人で何するかは気にしてないかもね」

「そういうものなの? 隆子にはそういう経験ある?」

「ないよ。ぼく、彼氏いたことないから」

「そうなの?」


 頭の中で、話がつながらなくなった。隆子は男子と――そういう類の経験をしていると、以前家へ行った時に聞いている。しかし彼氏はいないと言う。


「男子はさあ。そうじゃないんだよ。とりあえずヤれればいいんだよ。だから男子にべた惚れしちゃった女子はああやってつきあわされるわけ。でもそうしないと付き合ってくれないんだから、やるしかないよね。ぼくは、そこまでして男子と付き合いたいとは思わないけど」

「そう、なんだ」

「人によるけどさ。付き合っててもそういうことは一切しないって人もいるし。みゆきち、今自分がそうしなきゃいけないって考えてた?」

「そんなこと考えてない」


 図星だった。男女交際の経験がないわたしにとってここから先は未知の世界。体を差し出さなければ、成立しないのだろうかと思っていた。


「まあ、好きなようにやればいいさ。この人なら別にしてもいい、って思えるならいいんじゃない。やっても減るもんじゃないしさ」

「はあ。じゃあ、あなたとの関係もよく考えないとね」

「えっ、何それ」

「この前、わたしのこと襲ってきたじゃない」

「ぶっ」


 隆子は吹き出した。何がおかしかったのだろうか?


「あれは、ちょっとふざけただけだって」

「何よ」

「ごめん、ごめん。急にあのこと話すなんて思わなかったからさ。やっぱりみゆきちは面白いな」


 隆子は笑って、わたしの足をとても弱い力で蹴ってから、小走りでバス停へ向かった。

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