僕と魔獣と傲慢と



「喜羽さん!!」


「ゆきと」


 店内は衣類などで仕切られているが、基本壁等が存在しないので、彼女を見つけるのにそこまで時間を消費しなかった。


「すいません。遅くなりました」


「大丈夫。もっと時間かかると思ってたくらいだったから。

 ……それより、その短剣持って大丈夫なの?」


「……特に問題はないです。あのー……何か不味かったですか?」


「……いや何もないならいいんだけど。もし異常を感じたらすぐに報告して」


「は、はい」


 少し不安そうな表情を浮かべる彼女に疑問を感じるが今はそれどころではない。


「敵──魔人はどうしたんですか! 凄い音なってましたけど……」


 僕はずっと気になっていたことを彼女に問う。


(店内に入ってもしばらく聞こえていた金属音が今は止んでる。まさかもう倒し終わったのか?)


「そいつなら私の後ろ」


 彼女の親指が自身の後方を指す。彼女の体が壁となり見えなかったが、確かに四足全ての爪が発達した、体中に傷がある、黒い何か倒れている。


「猫……ですか?」


 見覚えのあるシルエットにそう答える。爪以外の外見が僕が知る猫とあまりにも一致していたからだ。

 しかし、予想に反して喜羽さんは首を横に振る。


「見た目には似てるけど騙されたら駄目。こいつは魔獣まじゅう


「魔獣……それって魔人とは違うんですか?」


「人の形をしているのが魔人、動物の形をしているのが魔獣、二つを合わせた総称が魔物。まぁ、人間と猫、大きい括りで哺乳類みたいな感じかな」


 知らなかった僕とは違い、彼女は目の前の魔獣を敵として認めていた。

 だからこそ、分からない。彼女が魔獣こいつにとどめを刺していない理由が……。


「今からあんたにはこの魔獣と戦ってもらう」


 彼女の口から答えを聞けた。

 先程までの鋭さはないが真剣な眼差しに思わず、生唾が喉を通る。


「魔物っていうのは魔力を込めたものでないと、細切れにしたとしても倒すことは出来ず、いずれ再生する。

 今回はあんたと戦わせるためにわざとそういう状態にした」


「……でも僕まだ魔力なんて使えないで──」


 喜羽さんの手が僕の左胸にそっと置かれる。

 瞬間、左胸が衝撃に襲われ、油断していた体は倒れ、臀部が地面と接触した。


「何を……」


「今、私の魔力を流した。分かる?」


 自身の左胸に手を重ねる。


(何か…何かがある)


 鼓動しか感じないはずの左胸から、何か…流れるの感覚があることが理解出来た。


「はい。分かります」


「ん。……ならあとは頑張って・・・・


「えっ……」


 その言葉を待っていたというように彼女の姿は掻き消えた。二人を分断していた壁が消えた。そうなると必然的に相対することになる。


「シャアァァァ」


 喜羽さんに付けられたであろう傷は癒え、毛を逆立て、威嚇を始める魔獣。呼応するように持ってきた僕も銀の短剣を逆手に持つ、最近見たアニメの主人公の見様見真似、何も出来ないよりは遥かに良いだろう。


「シャアァァァァァ!!」


 初めに動いたのは魔獣、僕の首元を切り裂こうと正面から爪を前に出し、飛び出した。

 回避しようと体を動かそうとするが足が震えて思うように動かない。爪が寸前に迫り、ようやく体が反応し、転がるように右へ体が動いた。しかし、


「うぁああああああああ!?」


 行動まで遅すぎた。左肩から赤い液体が染み出す。情けない叫び声が静かな店内に反響する。


(熱い!? 痛い!?)


「シャアァァ」


 僕の様子を見た魔獣は三日月のように口角を上げていた。その表情に体は震え、銀の短剣も放さず握ってるだけでなんの役にも立っていない。左腕は力無く、垂れてしまっている。


「シャアァァァァァァ!」


 魔獣は味を占めたのか、爪を前に出し、二度目の攻撃を仕掛けてくる。

 続く苦痛は更なる恐怖となって、僕の動きを悪化させる。ヤツの爪を躱しきれず、左肩を再び切り付けられる。


「うがぁ……」


 体勢を崩した体は道化のように地面を転がる。

 何かに突き当たった。


「あ、ぁあああ……」


 地面を這いつくばっている姿は実に滑稽だ。突き当たった何かに、それを無理矢理自覚させられる。


 ──鏡だ。


 店内に立てられていた鏡は衝突したことにより、横に倒れ、そして割れた。周りの破片は小さく粉々、さっきから足が痛いのはそれが刺さっているからだろう。しかし、僕の下にあるものだけは頬に伝う涙を確認出来る大きさだった。


(涙……なんの?)


 無意味な自問自答。


(彼女が僕を置いてどこかに行ったから?

 今も追ってくるあの魔獣に体を切られたから?

 ──違う。情けないからだ。

 彼女の前で誓ったのに……魔法使いあのひとの涙を拭うって)


 数十秒も間抜けに止まる獲物ぼくを無論、ヤツは逃さない。


「シャアァァ」


「………」


 弱者は一人語りモノローグも満足にさせてもらえないらしい。

 子鹿のように震えながらも立ち上がる。


(結局、こいつ相手に何も出来なかった……。

 けど最後……ぐらいはっ!!!)


 魔獣は攻撃を開始した。その方法は既に二度も見た、ただの直進。自慢の爪で、喉元を切り裂こうとする、馬鹿の一つ覚え。

 対するゆきとは肩足を前に出し、腰を落とす。短剣を地面と水平に構える、待ちの体勢。


(あいつの狙いは首、そこに真っ直ぐ進んでくる。絶対に躱されないためにギリギリまで引き付けてから……この短剣で!!)


 魔獣との距離は残り3mもない。


「シャアァァァァァァ!!」


 魔獣が跳ぶ。残り2m。


「───」


 魔獣が爪を前に出す。残り1m。


「──ッ!」


 覚悟は出来てる! 残り──


「ここだァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!」




 ……僕の一撃は無惨にを切った。

 ……しかし僕は立っている。

 理由は目の前に羽ばたいている。


「ナイスファイト。ゆきと」


「………」


 彼女だった。

 魔獣は意図も容易くレイピアに貫かれ、昨日見た黒の魔人のように小さな光の集合体となってから霧散していき、彼女の翼も消えていく。


「どうして──……」


「……魔術も発現していないあんたが魔物と戦うには魔力を扱えるようになるのは必須。

 けど一般人が魔力の感覚を覚えるのには年単位の時間がかかるらしい……もしかしたらその間に昨日みたいなことが起こるかもしれない。だから、私は普通じゃない方法をとった……」


 話し続ける彼女は辛そうに見える。


「命の危機。

 事前に私のを流して、魔力を知覚した体は命の危機に直面したとき、全力で自分の中に眠る魔力それを探し、呼び覚ます。今のあんたの右手のように」


「──!!」


 右手に、いや全身に何かが流れる感覚がある。それも先程、左胸に流された彼女の魔力にとても近い感覚だ。


「これが……魔力」


「そうだよ。あんたが果たす責任と夢を叶えるための第一歩」


「───」


「よく頑張ったね」


 頭を優しく叩かれる。


「はい……」


「どうしたの?」


「あっ、いえ! なんでも……」


「流石に心身ともに疲れてるか……。

 そこで休んでて。医療箱持ってくるから」


 少しは認めてもらえたのだろうか、少し砕けた口調になった喜羽さんは出口へ歩いていく。








 少しの間一人になった僕はさっき飲み込んだ言葉──「どうして」の続きを声にしていた。


「どうして手を出したんですか……なんて」


 魔力も得ることが出来た。

 昨日聞いた双頭魔法使い・・・・・・にも一歩近づけたはずなのに、僕は素直に喜ぶことが出来なかった。

 理由は酷くわがままなもので──魔獣あいつとの決着に彼女が割って入ったから、僕だけの力で魔獣を倒せたかもしれないのに手柄を横取りされたように感じたからだ。




 ──彼女を馬鹿にするのも大概にしろッ!!




 彼女が乱入したのは僕の身が危なかったからだ。決して手柄の横取りとかそういったくだらないことを考えてた訳じゃない。訳が無い!!

 つまりどういうことか……それは首元軽く付けられた爪痕が物語っている。


(あのまま戦っていたら……負けてたのは僕だった)


 首を切られ、肉を千切られ、自身の血を雨にして死んだのは……。それを理解し、「どうして」と口にした後、言葉を飲み込めて心底よかったと思う。


(なんて馬鹿なんだ。何を舞い上がったんだ。

 僕なんてまだ無力に決まっているのに……)


 夕日の赤い光に照らされながら、歩く彼女を見る僕は暗い影の中。

 午後五時を告げる夕焼け放送の大きな音に隠すように僕は言葉なみだを流した。


「強く、なりたい」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る