僕と箒と自販機と



 集合場所だった駅前を出発してから5分、僕達は大通りに出ていた。大通りと言っても、田舎の、という枕詞が付属するので、基本的には何も無い。見えるのは夕方のピーク前で入りが悪いラーメン屋と寂れた神社、あと住宅がポツポツ。

 人の話をするなら、自転車に乗り、下校する学生と買い物帰りのお婆さん、横の二車線道路で乗用車やトラック、バイクを運転する人達、僕が目視で確認出来るのはこれだけだ。

 喜羽さんに周囲を気にしている素振りはなく、素人目の僕にはただ歩いてるようにしか見えない。

 僕の疑問を感じ取ったのか、彼女は信号が赤く光ったタイミングでこちらを向いた。


「ゆきと。私が歩いてるだけで何もしてないと思ってる?」


「は、はい。巡回と言う割には周りを見ていないように見えたので……」


「魔力は、魔術を通すか、よほど密度が高くない限り、目に見えることはない」


 いきなり始まった説明に僕は緩んでいた意識を引き締めた。


「魔力っていうのは全ての生物が持つエネルギー。表現としては体力や精神力が近い」


「全ての生物ってことは……僕にも!?」


「もちろん」


 信号の色が変わる。横断歩道を渡る彼女に気づかず、僕は密かに拳を胸の位置まで挙げていた。


(僕にもあんなことが……)


 僕が魔法使いの花畑や喜羽さんの翼のような魔法を使うところ想像して、思わず表情筋が緩む。


「喜んでるとこ申し訳ないけど速く渡りな?」


 向こう側にいる彼女の声で現実に引き戻される。信号はすでに点滅を始めている。


「あっ!?」


 左右確認をしてから急いで白線の橋を渡る。


「私も知った時は喜んだ側だから責めはしないないけど……周りはちゃんと見とけ」


「す、すいません」


「ん。反省してるならいい」


 歩き出す喜羽さんに合わせて僕は横に並んだ。こちらを一瞥してから、彼女は説明を再開した。


「魔力は目には見えない。けど、私達は人の魔力を感じ取らなければならない」


「なんでですか?」


「昨日、私があのサラリーマンと話したあと言ったこと覚えてる?」


「えっと……確か『ちょっと違う。あの人は魔人……怪物』『正確にはあの人に溜まっていた魔力がオーバーして実体を持った姿だけどね』でした」


 質問に答えた僕へ、喜羽さんは目を見開きながら、こちらに顔を向けた。


「……私から聞いておいてなんだけど、記憶力いいんだ」


「はい。勉強とかの暗記は全然ダメなんですけどね」


「そうなんだ」


 話の脱線に気づいた喜羽さんはわざとらしく咳払いをし、そこから話を元に戻した。


「魔力は無意識下にも自然生成され、使わないとずっと溜まっていく。

 魔力を溜めていられる量には上限が存在し、それを超えると魔力は勝手に溢れ出す。コップに水を入れ続けたら零れるように。

 その状態のことを協会曰く、『魔力過剰マジック・オーバー』。私は略してオーバーって呼んでる」


 今の話と昨日の言葉。それぞれを照らし合わし考えると、彼女が伝えたい言葉の真意が見えてくる。


「増え過ぎた魔力は身体に多大な負荷をかける。そして、器はその原因を排除するため、それを一気に体外へ排出する。その結果生まれるのが──」


「まさか……」


 ここまで聞いてしまえば、嫌でも真実に辿り着く。


「そう。昨日、あんたも見た魔人あれ


 顔の血の気が引いていく。

 あんな怪物の母になってしまう可能性を全生物が持っているという事実に。


「僕や喜羽さんも……あんな、怪物を生み出してしまうんですか!?」


「落ち着いて……これは何もしなければそうなるっていう話。生み出させないようにする方法はある」


 その言葉で僕は落ち着きを取り戻した。


「至極簡単なことだけど、溢れる前に使ってしまえばいい」


「使う……どうやってですか」


「……悪いけど説明は後回しにする。ゆきと走る!」


「え? あっ、はい!」


 喜羽さんの目が鋭くなる。視線の先に目線を送るが何も無い。

 戸惑いとともに僕は走り出した彼女の後を追った。


(なんか……デジャブ)







 恐らく1km満たないぐらいの距離を走った後、喜羽さんはとある店の前で足を止めた。そこは全国に多く店舗を構える衣料品店だ。今も数十台の車が駐車場に停められ、女子高生や家族連れの客が店を賑わせている。

 彼女は息も切らさず、変わらぬ目つきで店内を覗くのに対し、僕は肩で息をしてしまっている。


「いくよ」


「はっ、はい」


 店内へ向かうのかと思ったが、喜羽さんは入口の横にある自動販売機の前で立ち止まった。彼女はスカートのポケットから十円玉を取り出した。


「……のど乾いてるんですか?」


「馬鹿。とりあえず見といて。

 あんたもいつかやることになる」


 喜羽さんは自販機のボタンを上段のお茶、中段の炭酸水、下段のオレンジジュースの順で押した後、手に持っていた十円玉を投入する。

 次の瞬間、自販機の上部から箒が射出され、同時に自販機の扉が開いた。


「………」


「順に説明する。今、自販機から空へ行ったのが昨日見た箒。正式名を──刻印型魔術具『人払い』。

 魔技師によって作られたもので、あの箒に刻まれた魔術に魔力を流すと頭上へ飛び、半径250mの範囲で人払いの魔術を構築する。

 だだし、もう一つの効果として魔力過剰のものだけは留めておくものがある」


 昨日、四十人近くもの人が一瞬のうちに消えた原因。それを確認でき、僕は改めて安堵した。


「次にこの自販機。これは特定のボタンを押した後、魔力を込めた硬貨を投下すると、それに反応し、本部の武器庫に接続される仕組み。手順は後で覚えてもらうから」


「はい……なんか、すごいですね」


「私も初めて見た時は驚いた……って話し込む時間はないか」


 数ある武器の中から彼女は扉近くに立てかけてあった黒の剣と黒のレイピアを手に取った。昨日、黒の怪物ヤツとの戦いで使用していたものだ。

 両手で二本の剣を構える姿は、物騒なものを持っているのにも関わらず、どこか美しく、どこ凛々しく感じ、見惚れてしまう。


「私は先に行く。適当に得物を選んだらあんたもすぐに来て!」


「わ、分かりました!」


 恐らく店内に入ったであろう喜羽さんは突風並の速度で姿を消した。

 武器庫内は一軒家のリビング程度の広さがあり、そこに数十の武器が置かれていた。


「わぁー」


 高校生になったといっても僕も男。ファンタジーRPGなどを好む身としても、こういったものを見ると状況を少し忘れて、気分が上がってしまう。


「槍に斧、ハンマー、サイス……剣も色々な種類がある。

 あとは……銃や弓なんかもあるんだ」


 多種多様な武器それぞれに目を吸い寄せられる。

 適当とは言われたが、自分の身を守るもの。二、三個、手に取って確かめようと考えている間に……金属の打ち合う音が耳に入る。


(もう始まってる!?)


 僕を放置し、戦闘はすでに始まりの鐘を鳴らす。徐々に激しさを増す音に、僕は焦りを感じずにはいられなかった。

 結果、息を呑むような白銀の刀や素人でも距離をとって比較的安全に戦えるハンドガンなどではなく──偶然正面にあったため、偶然目に入った、銀の短剣を手に取り、戦場の扉へ走り出した。

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