僕と尋問と告白と
幸せについて何度か考えたことがある。美味しいものを食べたとき幸せを感じる人もいる。同様にお風呂に入るときや夜中、床に就くときに幸せを感じる人もいる。また趣味に没頭しているときが幸せと言う人もいれば、あたりまえの日常をただ生きることができるだけで幸せと言う人もいる。他にも金、権力、名声、恋、善行、悪行……そんなものに幸せ感じる人もいる。
このように幸せの例を可能な限り出した後、振り返りを始め、結局「人の幸せの形なんてものは果てしなく存在する」という答えに毎度たどり着く。
つまるところ何が言いたいかというと数年間、何の進歩もなかった夢に一歩近づけた。そんな僕は誰がなんと言おうと幸せだ。
「ふふーん」
「今日はかなり上機嫌だね。何かいいことでもあったかな?」
うちは一階が花屋、二階が家という形態を取っているので、生活スペースはそこまで広くない。しかし、狭いからこそ母は朝ご飯の支度をしながら僕に話しかけることができている。
「うん。ちょっと、ね?」
「何があったか、気になるなー?」
「あぁー」
僕は以外にも母に魔法使いについて話したことがない。タイミングがなかったなんてことはなく意図的に話してこなかった。理由としては単純で彼女に気苦労を増やして欲しくなかったからだ。
昔から誇りとまでは言えないけれど、強い意志をもってこの夢に挑んでいた。しかし、客観で捉えてしまえば結局、馬鹿げた夢でしかない。
そんなことを一般人である彼女に打ち明け、自分の息子が重度の妄想癖がある中二病発現者とでも思われてしまったら、文字通り合わせる顔がない。
だから僕は夢のことも魔法使いのこともずっと彼女に隠し通したままだった。
「まぁ……そうだね」
「……それって昨日、ゆきと君の帰りがいつもより遅かったことと関係あるのかい?」
的を得た母の質問に、僕の肩は大きく震えた。
「ふーん。なるほどねー」
「………」
僕の動揺を感じ取られたのか、含みがありそうな言葉を投げられる。
(なんで、僕の方を一切見てないのに動揺したのがバレてるの……)
僕の疑問は消化される間もなく、母は朝食をお盆にのせて、フローリングにテーブルとイス、テレビ、あとは観葉植物が少々ある面白味はあまりないリビングにやって来た。今日の品目の白米、味噌汁、卵焼きの3品をテーブルに並べながら話は進んでいく。
(母さん相手に下手な嘘は通用しない。だから、本当のこと
「第一になんで昨日あんなに帰ってくるのが遅かったの?」
「友達と馬鹿やっちゃって、先生から罰の掃除をやらされて……その後はその友達を駅まで送って帰ったからかな?」
「最近よく聞くあの子かな?」
「うん。千か……初夏さん」
「そう」
昨日遅くなった原因を正直に話した。初夏さんと別れてから、喜羽さんと出会ったことや魔術使い、魔人のことを全て回避して。
しかし、
「弱いかな。私の追求を掻い潜るには……」
イスに座した彼女の六感からは逃れなれなかった。
「話し方から自信を感じるし、目も泳いでる訳じゃない。基本的に事実であることは間違いない。けど……」
僕は緊張から固唾を飲んでしまった。
「汗かいてるんだよねぇー。温暖化が進んでるとはいえ、5月上旬、それも朝の室内で」
こういうやり取りが久しぶり過ぎて忘れていた。
彼女が天才なことを。
「嘘をついてる訳でもないのに君は緊張してる。つまり会話の中で意図的に何かを隠した、私に知られたら不味い
辿り着けるわけがない。彼女が求めている情報とは魔法使いや魔術なんていうおとぎ話の産物。
しかし、彼女ならと思ってしまい恐怖する自分が心のどこかにいるのは確かだ。
「そしてその情報とは──」
ゆきと自身は気づいていないが呼吸が速くなっている。
(万が一、母さんが知ってしまったら……母さんにも責任が発生してしまうかもしれない。それだけは!!)
しかし、すでに彼は後手に回ってしまい、彼女の回答を待つしかできない。そして、今彼女の口が開かれる。
「ゆきと君。君───────────────────────────────────────────────────初夏さんとやらと恋仲になったね!?」
「あははっ!! あははっ!! なにそれー。あははっ!!」
「本当に僕が関わると残念になるからよかったよ」
残念
「確かに最近よく二人で帰ってたけど、それでも恋仲って! ゆき君のお母さん、おもしろいねっ!!」
「そうかな?」
「そうだよ!」
外の快晴のように晴れ晴れと言い切られてしまうと反応に困ってしまう。
(確かにテンションが高い人ではあるけど……おもしろいのかな?)
「ねぇ?」
「──ッ!?」
僕が考え込んでいるうちに顔を近づけていた初夏さん。少し動けば鼻が当たってしまいそうだ。目と目が合う。キラキラと輝く空色の宝石のような瞳から目を離せない。
「ほんとに付き合ってみる?」
「えっ……えぇええええええええええええ!?」
僕だけに聞こえるよう囁かれた衝撃の告白に絶叫してしまう。
クラスの何人かがこちらに首を向けるが、叫んだのが僕だと分かるともに友達との会話に戻る。
「そ、それって……」
顔に熱が集まるのが分かる。ついに僕にも春が! 赤面した顔で口をパクパクさせている僕を見ると彼女は口をニヤニヤさせた。
「じょーだんだよ?」
「え……」
「じょーだんだよ?」
「………」
「じょーだ──」
「もう分かったから! 恥ずかしいからやめてぇー!!」
ゆきとは学校が終わって、初夏が謝りに来るまで口を聞かなかった。
昨日とは打って変わって閑静な駅前。帰宅ラッシュとは被らない15時30分頃、太陽もまだ高い時間。
影になっている建物の裏、赤いポスト横に立つ金髪少女。昨日と変わらない制服姿を確認し、僕は歩みを速めた。
「喜羽さん!」
僕に気がついたのか、喜羽さんは耳に付けていたイヤホンを外した。
僕が眼前に到着すると彼女は腕時計に目を向けた。
「待たせてしまい、すみません」
「大丈夫。15分前は合格だから」
「合格?」
「私、人と初めて待ち合せする時はかなり早めに場所に来て、その人がいつ到着するかを確かめてる」
「なんでそんなことを?」
「理由? ただの自論だけど、最初の待ち合せで連絡も寄越さず、遅れてくるような奴は信用出来ないから」
もっとな理由に僕は素直に納得した。そして、話しながら指を鳴らし、目付きを鋭くする彼女を目にして「絶対遅れないようにしよう」と僕は密かに誓いを立てた。
「そんなことはどうでもいい。ゆきと、今からあんたに基礎を叩き込んでいく」
「はい!」
「けど私の任務も同時進行で進めさせてもらう」
僕の頭に昨日の戦いが浮かび上がり、体に力が入り、震える。
黒の怪物と白い翼の激突、今の僕には理解さえも出来ない戦い。そんな中に僕は今から身を投げる。その事実に相対する体の反応は当然のものだ。
「任務と言ってもただの巡回ともう一つ簡単なのがあるだけ。そこまで肩に力を入れなくていい」
「……はい」
緊張を一瞬で見抜かれた上でフォローまでされてしまった。喜羽さんへの尊敬の念と僕の情けなさを禁じ得ない。
「自分が情けないと思うなら強くなって。あんたはそれが出来る側だと私は感じた」
「──ッ。はい!!」
言葉というものはやはりすごいもの。恐怖を一撃で払う力を秘めている。僕の手は震えを止め、代わりに握り拳を作っていた。
僕の様子を見た彼女は一瞬、口元を緩めたかに見えた。しかし、すぐさま元の真剣な顔に戻る。
「今日は昨日話せなかった、魔力や魔術について説明しようと思ってる」
「はい!」
とうとう聞くことが出来る魔術関連の話の予兆に高揚を隠せない。
「それじゃあ、巡回開始」
彼女の号令とともに僕の初任務が始まった。
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