僕と彼女と責任と
ゆきとの心臓は脈打っていた。今朝とは比べ物にならないくらい、速く、強く。それはあの怪物がもたらした恐怖のせいか、それを討った彼女の剣技のせいか、または──幼少期から追い求めた幻想……その一旦を見たから。その問への解は行動が示していた。ゆきとの脚は彼女に向かって、すでに走り出している。
「あの!」
「ん? あっ、忘れてた。新人、大丈──」
彼女の元へたどり着いた時には、心が体に追いつき、逸る気持ちを抑えきれなかった。
「あなた魔法使いなんですか!!!」
幼子のように輝く純朴な瞳と興奮を隠し切れない声に乗せて発せられた異常な質問。しかし……この人、この場所、このタイミングでは意味が変わる。そんな確信があった。さて、彼女の回答は、
「───────────────────────────────────────────────────────は? 違うけど」
「えっ?」
通常な否定だった。
馬鹿げた夢の始まりは、やっぱり馬鹿げてる。幼少期の出来事と言うだけで具体的な日時は覚えておらず、僕がそこにいた経緯も分からない。だから、覚えているたった一時をここで語りたい。
「………」
当時から内向的な性格な僕は友達が存在せず、家の近くの小さな公園。そこでブランコを一人で漕いでいるのが日常だった。
「………」
特に感じることもなく、機械的に繰り返す動作。それを止めたのが魔法使いだった。
「それ、楽しい?」
ビクッと肩を震わせる。声のした方を見るとそこには人がいた。僕は当然の問に戸惑いつつも、返答のため首を横に振る。
「そうだよね」
それを見た、あの人は表情には影があったような気がする。けど、すぐにその顔は元気を取り戻し、僕を真っ直ぐ見据えた。
「いいもの見せてあげる。【───】」
何かを発した彼女の足下から大きな光の円が広がり、その中に模様や文字が刻まれていく。初めて見るこの美麗な光景に恐れを忘れ、目を奪われる。次第に円の眩しさは増していき、あまりの強さに目を閉じる。
「わぁーーーーー!!!」
再び目を開いたときに、瞳に映ったのは一面に広がる黄色い花畑だった。あまりの出来事に興奮し、僕は花畑を全力で走り回った。風によって散る花弁、鼻いっぱいに広がる甘い香り、暖かい日差し、全てが心地よかった。
一通り花畑を堪能した後、あの人の元へ帰り、冷めない興奮もまま言葉をぶつけた。
「すごい! どうやったの?」
「魔法を使ったの」
「まほう?」
「そう。
向き合うことなく進んだ会話だったので、彼女の横顔しか見れていない。だが、それでよかったのかもしれない。果てのない花畑を眺めていた彼女は頬を濡らしていたのだから。
記憶はここまでしか覚えていない。
「その出来事をきっかけに僕は魔法使いを探すようになりました」
「──んで、私が魔法使いっぽく見えたと……そういうこと?」
「……はい」
「へぇー」
あの質問からすぐに「はぁ? 何言ってんだ、こいつ」みたいな目をされ、僕は弁明を開始した。幼少期の微かな記憶を頼りに、魔法使いを探すようななった経緯を説明した。説明中、カラスの声がやけにうるさく感じた。
「残念だけど……私は魔法使いではない」
「……ですよね」
さっきの全否定でわかっていた事だが改めて言われると少し辛い。
「そんなことより、あんたなんでここに入れてんの」
ある程度予想していたがここはやっぱり特別な空間なのだろう、僕のような一般人が普通は入れないような。喜羽さんは額に手を当てしまっている。
「あ、はははは……なんででしょう」
苦笑いな僕を見る彼女の目線はもはや鋭いと言うより鋭利、刃物のそれだ。
「す、すいません」
「ぁ? なんで謝ってるの? あんたは悪くないでしょ」
「えっ……勝手に入った僕に怒ってるんじゃないんですか?」
「ん? あぁー、ごめん。あんた……君に怒ってるわけじゃない。あれを作った奴に……ちょっとね」
ばつの悪そうに頭を搔く彼女が空いている片手で指さしているのは空に浮かぶ竹箒……。
「あれ、なんですか?」
「あの箒は人祓いの魔術を|魔技師(まぎし)に付与され──あっ、忘れてた」
「急にどうしたんですか!」
何かを思い出したのか、説明の最中であるというのに彼女は走り出す。僕も遅れてスタートを切る。しかし、
(嘘でしょ……足速!?)
見失うことはなかったものの、彼女が止まるまで追いつけなかった。
彼女の背を追ってたどり着いたのはロータリーのベンチ、上にはサラリーマンと思われる男性が頭を抑え、座っている。彼女はその男性と向かい合う形で立っている。
「うぅぅ。俺は何でこんなところで寝てるんだ?」
「大丈夫? その様子じゃ覚えてない?」
「え……。あの、君は誰だい? それと覚えてないってどういう──」
「……覚えてないならいいんです。今のこと忘れてもらって大丈夫です」
「あぁ……」
男性は不可解な表情をしたまま、鞄を手に持ちとぼとぼと歩き去っていった。
「あの人は? あの人も、その、あなたと同じような存在……なんですか?」
「ちょっと違う。あの人は魔人……怪物」
「え……。えぇえええええええええええええ!!!! じゃあさっきの男の人があの黒い怪物!?」
「正確にはあの人に溜まっていた魔力がオーバーして実体を持った姿だけどね」
「あのさっきから言ってる魔人とか魔力とか……それって一体?」
魔法使いではないと言われた。彼女は嘘をついてない。しかし、この目でもう見てしまっているあの箒を、あの怪物を、あの翼を。僕が探している魔法使いと近しい何者かなのは間違いない。
「………」
僕が質問を投げかけるが答えが帰っては来なかった。当の彼女は手を唇で僅かに咥え、淡い桃色の瞳は下に泳がせてしまっている。彼女の心象を一言で表現するなら「しくじった」という感じだ。
「教えてくれませんか! あなたが知ってること!」
答えを催促してしまう。無礼とは分かっているが止められない。あの人と再び出会うためには止まれない。
「知りたいんです。あの時の真相を……」
太陽は沈みきり、辺りは闇を色濃くしていく。一つ、また一つと街灯の光がつき始める。彼女の口もそこを起点とし言葉を紡ぎ出した。
「君の境遇を軽くだけど知った上で簡単に情報を話してしまった、私が悪い……」
「なら!」
「けど、これ以上は聞かない方がいい」
「どうして!?」
「私から聞くことは君が知ること。知ることには責任が伴う。そしてこの責任はどこへ逃げても振り払うことは出来ない」
「私たちが言う責任は──
僕は彼女が言っていることのほとんどを理解出来ていない。しかし、今、彼女が紡いでいる言葉が──計り知れない重さを有していることは分かる。
「君、黒の怪物を見て、震えて、動けなくなってたよね? 私が全て話してしまったらあんな奴より、もっと恐ろしい怪物と殺し合うことになる」
「あんた、
ベンチの横に設置された街灯も発光した。その光が照らすのは金髪の彼女だけ。腕を震わせ、俯く少年は暗い影の中。その様子を見たはその場を無言で立ち去ろうと歩き出した。
その時、無機質な音がロータリーに響く。
正体は左ポケットに入ったスマートフォンへの着信。応答しようと左手をスマホへ。
しかし、その手はスマホを掴むことが出来なかった。彼女を左手を掴んだ少年がいたからだ。
「あの人は僕に謝っていた」
彼女の手を掴んだまま、次は僕が言葉を紡ぐ。
「あの人は僕に謝りながら、涙を流し、悲しんでいた」
「僕は魔法使いに救われたのに!」
震える僕を動かしたのはそこだった。あの人は僕を救ってくれたのに、悲しそうにしていた。その光景があの時から頭に焼き付いて離れない。だから僕は──
「だから僕は魔法使いに会って『救ってくれてありがとう』って伝えたい!! 魔法使いの涙を、悲しみを拭ってあげたい!!」
その為なら……
「戦ってみせる。魔法使いの為に……僕の為に!」
彼女が振り返るとそこには震えた少年は居らず、小さな勇者が光の中に立っていた。その姿を見た彼女は再び振り返りさっきから音を鳴らすスマホへ手をかけた。
「遅れてすみません。喜羽です。そのことなのですが……その新人に伝えてください。『時間に遅れてくるような奴はいらない。あんたが寝てるうちに良いのが手に入った』と。──では、失礼します」
電話を切り終えた彼女が再びこちらへ向き直る。
「あんた名前は?」
「道見ゆきと」
「歳は?」
「15です」
彼女は少し後ろに下がり、僕から距離をとった彼女は胸を張り、凛とした立ち姿で言葉を放った。
「私の名前は
(えっ……今、なんて……)
最後に恐ろしい爆弾を設置した後、
「明日からよろしく。
凛とした顔を少し崩し、微笑んだ。
「はい! よろしくお願いします!」
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