僕と黒と白と


 太陽が沈む時間の駅周辺には人が多い。友達と会話を弾ませている学生達、疲れきった顔でバスを待つサラリーマン、犬の散歩に来ている少女、退屈そうにタバコを吸う中年男性。そして誰か待つ女子高生。


「……遅い。集合10分前には来て欲しいだけど」


 悪態をつく金髪少女、その髪色と鋭い目付きが相まって、獅子の威嚇のようになっている。現に彼女の容姿に惹かれて、能天気に声をかけようとしていた数名が立ち止まり震えている。


「ん? ……あの人」


 彼女の目が捉えたのはスポーティな格好をした若年の男性。腕足ともに筋肉質で健康そのものと見て取れる。


「もうすぐオーバー……この近くに箒あったかな?」


 慣れた手つきで地図アプリを開き、マークしてある場所を確認する。赤いマークが示すのはこの駅だった。


「近くにある。ならあとは新人が来るまでに片ずけるだけ……やるか」


 数本、指を鳴らしたあと、彼女は駅のホームへ続く暗い階段を下って消えた。






「あっ……電車来ちゃった」


「本当だ」


 現在時刻17時59分──あの掃除ばつから解放されたのが29分前のこと。

 結局、最終下校時刻までかかってしまった……ゆきとが学校を後にしようとした時、初夏の「せっかくだから一緒に帰ろーよー!」との提案を承諾し、そのまま下校。

 想像以上に会話が弾み、互いに話し足りなかったからそのまま電車が来るまでホームで少し喋ろう、とそんな流れである。


「送ってくれてありがとねっ! 帰り道、楽しかったよ、ゆき君!」


「ぼくも初夏さんと話せて楽しかった」


 彼女はトランプのイラストが印刷されたリュックを背負い、にこやかに電車の中へ駆けていく。


「じゃあまた明日ねっ!」


「うん、また明日」


 扉が閉じる前に鳴るブザーの音、うるさいはずのその音が今日はどこか寂しく感じる。







「帰ろ」


 帰宅時間と被ってしまったのか、別段何もない、この駅にしては下車する人が多い。

 彼女と入れ替わる形で現れた彼らが作る流れに身を任せ、ゆきとも駅を後にしようする。ホームへの階段を下り、改札を抜け、外への階段を登り、家へ帰る。いつもは寂しさも何も感じない事だが、ゆきとにはさっき感じた哀愁が漂っている。きっと彼女ういかのせいだろう。

 変な気分を晴らすため、ポッケからワイヤレスイヤホンを取り出し、耳へ付ける。こういうときは音楽が簡易で効果絶大だ。曲を選ぶため一瞬俯き、スマホを覗く。そしてまた目線をちゃんと前へ戻す。


「えっ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 そう──たった一瞬・・だったのだ。時間にして1秒。ちょうど外への階段を登り切ったタイミング、ゆきとが音楽を再生ボタンを押したタイミング。

 そうその一瞬で前にいた40人弱の人間が消えた。


「──ッ!?」


 少年は振り返る。

 後ろに並んでいたはずの人達も漏れなく全員消えている。耳を澄ませても、目を擦っても、頭を叩いても、人が現れることはない。テレビ番組のドッキリ企画と考えるには人が消えるのが異次元的に速すぎる。


「えっ……幻覚?

 で、でも……」


 自身に起こっている現象、この場所に起こっている怪異の説明を求めるために僕は脳を回転させた。


(こんな酷い幻覚を見るまで弱ってるなら、僕より先に母さんが気づくはずだから、身体は大丈夫……だと思う)


 変な話だが、ゆきとの異常に対して一番敏感なのは彼女なのだ。本人曰く、玄関に入った時点で分かるらしい。


(僕が異常でないなら、おかしいのはこの場所。一瞬のうちに人が消えた原因もここにある)


「けど……そんな出鱈目なこと、まるで──」


 文字で埋め尽くされ黒くなった脳内に、白い光が差し込む。それは異常な思考としか言いようがない、馬鹿げた夢を持つ彼だからこそ思ったこと。


「魔法……」


 彼が今も探し続けいるものの可能性が出現した。驚嘆と興奮の二弾衝撃ダブルパンチに言葉を失う。

 だが、この場所は彼が余韻に浸ることを許さない。轟音とともに何かが落下し、少年の眼前の地面が爆ぜた。


「うぁああああああああああああ!!!!」






「うぅぅぅ………」


 目はすぐに腕をクロスさせて守ったので、爆ぜた地面の破片が入らなかった。その代わり、ゆきとの体は落下で発生した風圧で地面に叩きつけられる。


「あの魔人まじん、力と防御に振り切ってる。シンプルなのが逆に厄介」


(声!? 爆発した所に誰かいるのか!)


 ゆきとが体を起こすと、砂埃の中から美少女が現れた。右側だけ黒いリボンで結ばれた黄金色の頭髪、桃色の目。服装はシャツにスカート。首に十字架のアクセサリー、シャツの上には赤いリボン……と、そんな見た目の少女。

 しかし、よく見てみると右手には西洋の騎士が握っているような剣、左手にはレイピアが握られている。


(まさか……本物じゃないよね?)


 視線に気づいたのか彼女がゆきとに目を向けた。


「あんたが新人? 聞いてた容姿とちょっと違うけど……髪染めたの? 別にいいけど。とりあえず、アイツ倒すの手伝ってもらっていい?」


「は……えっ……どういうこ──」


 謎の少女が剣を向けた先を見る。

 そこには筋骨隆々の肉体が黒と言うより漆黒の肌に押さえつけられているような見た目の怪物がいた。身長は2──いや、3mはある。


(なんだ……アレ)


 初めて見る異形の生物に体が震える。

 先程の興奮は完全に消え、変わりに恐怖をゆきとは感じ始めた。


「得物はちょっと先に……って、あんた怯えてるの?

 ……まぁ、新人だししょうがないか」


「アァアアアアアアアア!!!!」


 自分を前に呑気に喋る彼女が気に入らなかったのか、怪物は声を上げ、コンクリートの地面を破壊しながら、その巨体で突撃を開始した。


「前!?

 前から来てる!!」


「………」


 動揺を隠せないゆきととは対照的に、彼女は静かに剣を構える。


「アァアアア!!」


「──ふっ!!」


 クロスされた腕と剣が衝突し、金属音を散らす。怪物の攻撃をあろうことか彼女は正面から受け止めた。あの身体のどこにそんな力があるのだろう。


「アァアアアアアア!!」


 逆上した怪物は力任せに叩き潰そうと人間の数十倍の太さの腕を振り回す。

 しかし彼女は危なげも見せずに全て躱す、または剣で受け流している。


(あの子といい、あの怪物といい……一体どういうことなんだ)


 僕の困惑を置き去りに二人の衝突は激しさを増す。

 彼女も回避、防御だけでなく、レイピアで突いているが、浅い傷しか与えられない。

 停滞状態の攻防──それを動かしたのは彼女の方だった。


「……この辺が使い所かな」


 振り下ろされた両腕を大きく後退することで回避する。右の剣を持ち変え、槍のように全身を使い、投擲した。


「アァ!!」


 高速と呼べる速度で飛来する剣に堪らず防御の体制をとる怪物。だが、それも水の泡。高速の剣は怪物──ではなく空を切り、奴の横を通り過ぎた。


「「………」」


(外した)


「アァー」


 怪物すら、動揺する事態。

 しかし、当の本人は手元に残っているレイピアを中段に構え、あろうことか目を閉じている。その姿は怪物を扇情的な表情にする良い材料だった。そして奴は「今だ」と言わんばかりに最初と同じ、巨体での突撃を繰り出した。

 一歩、また一歩、破滅の音が彼女に近づく。


「危ない!! 逃げてっ!!」


 ようやく出たゆきとの声を聞いても彼女は動かず、どんどん音は大きさを増していく。怪物が寸前まで来て手遅れの状態を一言でひっくり返した。


「【飛翔しろフェリガ】」


 そこから何が起きたか、僕には全く分からなかった。彼女と怪物は20m先のビルの壁まで移動していた。

 怪物はゆきとと同じく困惑した面で彼女にレイピアで身体を貫かれている。だが彼女の変化に比べたら、そんなこと些細な問題でしかない。


「つ……ばさ?」


 彼女の背には翼があった。怪物の黒と対になる白の色。羽の一つ一つに気品と呼べる風格が纏われている。


「………」


「アァアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」


 自分のことを下に見る女に激しく憤怒する。腹に刺されたレイピアを片手で握り、この女を血で染めようと残った拳を最大質力で振るった。


「無駄」


「アァアアア!?」


 言葉に合わせたように剣が怪物の腕に突き刺さり壁に固定する。先に投擲しておいた剣、見事に外したと思い込んでいたそれが今、奴の最後の攻撃を打ち砕いた。


「アァ……アァ……」


 腕から剣を静かに引き抜き、そのまま空へ上昇していく。


「これで……終わり!!」


「アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」


 急降下と共に怪物の巨体を斜めに切り裂いた。肉塊になったものを下に彼女は凛々しく、かながら戦乙女のように空に佇んでいた。


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