僕と喫茶と回復と



「いい天気……」


 正午から少し経ち、ちょうど昼食時。道沿いに並ぶ飲食店に車や人が入っていく中、僕は一人青空の下、自転車を漕いでいる。

 あの戦いから一日が経過した。

 喜羽さんからの治療を受けたあと、一日自宅で休養するよう言い渡された。

 本人曰く、「今回の戦いは、普通の新人が通る課題を纏めて数個やったようなもの。一日休んだぐらいじゃ、お釣りが来る」だそうだ。


(もう痛みは感じないとはいえ、確かにこの左腕じゃあ邪魔になるだけか。

 ……でも)


 心は疼きを抑えるのに苦労していた。


『強く、なりたい』


 負けを自覚し、無力を痛感した僕にとって何も出来ない一日というものは酷なものがある。自主的に素振りや筋トレなど模索してみようかなどと考えていたが、結局実行は出来なかった、させて貰えなかった。


(僕が帰ってきた時の母さん……凄まじかったなぁ)


『ゆきと君。その肩……誰にやられた?

 人か? 動物か?

 どちらにしても私のゆきとくんに手を出したこと……末代まで後悔させてやる』


 運転中にも関わらず、遠い目をせずにはいられない。

 愛されてることは非常に嬉しいのだが、鬼さえ金棒投げて逃げ出しそうな、あの静かな怒気。あそこまではっきり血管が額に出来ているところを初めて見た流石、残念美女イケメンと言ったところだろうか。

 物思いにふけると時間は加速したように進んでいく。ある建物の前を差し掛かったとき、僕は自転車を緩やかに止めた。

 到着したのはBlue Countryという喫茶店。青と白を基調としたカラーリング、今日のような青空を想像させる外観に好感が持てる。

 店内へ入ると観葉植物とゆるりとしたBGM、そして「いらっしゃいませ」と店員さんの声がお出迎えしてくれた。


「えっと……」


 少し客席を進み、辺りを見渡す。だが目的の人物は見つからない。

 いつも時間にシビアな彼女なら先にいると思ったのだが──


「そこで突っ立ってどうしたの?」


 背後からの声に思わず振り返る。

 声の主は今日の待ち合わせ相手、白のロングTシャツの上から黒のジレを重ね、深い色のジーパンで大人っぽさを醸し出している。髪型も金髪女子。


「喜羽さん!?」


「ん。そうだけど静かに」


「す、すいません。

 ……喜羽さんのことだから先に来てるものだと思っていたので」


「いや来てはいたんだけど……」


 彼女の頬が少し赤くなり、目が泳ぐ。

 この時点で僕は理由を察するべきだった。


「……?」


 僕の疑問の表情が伝わってしまい、彼女に答えを指させてしまう。


「あそこ行ってた……」


【お手洗い】


「───」


「……とりあえず席取ってるから座ろう」


「はい………………すみませんでした」






 喜羽さんの後ろをついて行き、僕たちは店の奥のテーブル席に座っていた。

 各テーブル席の間に高めの壁が設けられており、片側が通路ということを加味しても十分に個室のような雰囲気を演出している。


「……昼ご飯まだだよね、何か頼む?」


「はい」


 気まずい空気から逃げるため、メニューに集中する。その行為のお陰で僕は嬉しいことに気づけたのだが。


(安い!)


 カフェや喫茶店では全体的な値段が高く設定されているものと考えていた。少なくとも今日僕は千円以上の出費を想定してここに来た。

 しかしメニューに記されている値段は全てワンコイン以下で記されている。


「決まった?」


「あっ……はい。決まりました」


「分かった。ならボタン押すよ」


 店内に無機質な音が響くと共に店員がこちらへやってくるのが見える。僕が入店した時に「いらっしゃいませ」と言ってくれた白髪のおじいさんだ。

 なんだかふわふわした雰囲気が漂っている。


「やはり喜羽さんでしたか」


「すいません。いつもこの席を使わせてもらって……」


「いえいえ、そんなことは。いつもこのような店にご来店していただき感謝しております」


「ここの料理はおいしいですから」


「相変わらずの褒め上手で」


 突然始まった親しげな会話に置いてかれてしまった。


「あのー……おふたりは知り合いなんですか?」


 一気に向けられた視線に少し肩を震わせるが、表情は二人とも穏やかなものだった。


「この人はここBlue Countryの店長、水谷みずたにさん」


「ご紹介に預かりました。店長の水谷と申します。挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」


「あっ! いえ!!

 こちらこそ話の邪魔をしてしまってすいません。道見ゆきとと申します」


 水谷さんが丁寧に頭を下げられたので、僕も椅子から立ち上がり、同じように頭を下げた。


「ご丁寧にありがとうございます。

 先程の質問の答えですが、喜羽さんは単なる常連さんと言うだけですよ」


 僕の質問に答えをくれた後、水谷さんは注文の内容を尋ねる。喜羽さんは常連らしく「いつもので」と言い、僕はサンドイッチBセットを頼んだ。

 水谷さんは注文を聞き終えると厨房に帰って行った。


「……本題だけど一昨日、私が言っておいた魔力の集中・・・・・が出てきているかだけど……」


「気を抜くと途切れてしまいますけど……何とか」


 あの戦いの後、彼女は僕に治療をしながら、魔力の集中をするよう言いつけていた。場所は左肩……魔獣に切られ、深手を負わされた所だ。


「前に言った通り魔力はあらゆるものを強化できる。それは人間の再生力にも適応され……」


「魔力を集中的に怪我した場所に流すことによって再生力を高め、傷の回復を早める……ですよね」


「うん。相変わらずの記憶力、さすが」


「い、いえ」


 不意に飛んできた笑顔に僕はテーブルの水を飲む。熱された頭が適度に冷える。


「左肩見せてくれる?」


「はい」


 袖を捲り、肩を彼女の方へ向ける。


「───」


「どう、でしょう」


 反応がない。


「……全然出来てませんか?」


 やっぱり反応がない。それが怖さを引き立てる。


「あのー……」


 傷跡がある場所をしっくり観察していた彼女は、糸が切れたようにこちらの言葉に気づた。


「──ゆきと。もしかしたら魔術使い……向いてるかも」


「そう、ですか……………………そうなんですか!?」


「うん……」


 傷口を見つめる表情は真剣にも猜疑してるようにも見える。


「骨折とかでは治りは早いと思ってたけど、完治まで私は少なくとも一週間かかると思ってた。ちょっとさわる……これ痛い?」


「痛くないです」


 肩を押したり、さすったりを繰り返し、彼女は僕への診断を始めた。特に痛みを感じなかった僕は「これはどう?」などと問われる質問に軽く答えていた。


「……完璧に治ってる。魔力を得て二日も経ってない素人がこの回復速度ってことはやっぱり……」


 下がっていた顔が正面を捉える。


「ゆきと。この後予定とか入ってる?」


「いえ、何時までかかるか分からなかったので空いています」


「……なら何時間か私に譲って欲しい。

 病み上がりで申し訳ないけど、あんたに戦い方を教える」


 端的に並べられた文章だったが僕の意識スイッチを切り替えるには十分すぎた。

 何故急に喜羽さんがこんなことを言い出したのか、理由は全く分からない……でも今の僕にそんなことを気にする暇は必要ない。

『強く、なりたい』


(──あの時、感じた欲のままに、僕は強さが欲しい。)


「はい。お願いします」


 大きくはないがはっきりと、怒ってはないが力強く、二言を告げた。

 当の彼女は狐につままれたような表情……しかしその顔は長くは続かず、


「ん。分かった」


 ようようと微笑みへと変化していった。


「そうと決まれば、先に腹ごしらえを済まそう。ちょうど水谷さんも向かってる」


 通路に顔を出すと確かに水谷さんがトレイを持ってこちらに向かって来ていた。


「はい!」

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