第8話 兄を壊した犯人は……
バックに稲光を背負い、血の涙を流しながら知恵はその日のことを話し出した。
「一か月くらい前のことだったわ。私はイベントの打ち合わせをしていて、夕方、マンションに帰ると優里菜ちゃんが手首を切っていた」
「えぇっ?」
リストカットとは穏やかではない。
というか、堂仏都香恵とヤスオとウータンは全くリアクションがないのだけれど。
「あ、ごめん。今、都内の狸を動員する指示を出していたから」
……いや、絶対に嘘だ。ゲームをしているようにしか見えないぞ。まあいいや。ひとまず知恵の話が優先だ。
「幸い、処置が早かったから命に別状はなかったけどね」
少し回復すると、知恵は優里菜の頬をパアンと叩いたらしい。「どうして、こんなことをしたの!?」と。
「優里菜ちゃんは泣きながら、こう言ったの。『見えなくなった。悠ちゃんとの思い出が何もかも、見えなくなったのよ……』」
どういうこと?
話が見えてこない。
というか、双子の兄なら優里菜も19歳のはずだし、弟離れしてほしいんだけど。
「私は、何のことか問い質したわ」
良かった、知恵にも意味不明な言葉だったんだ。この二人だけ理解しているだとどうしようもなかったからね。
「優里菜ちゃんは悠ちゃんとの夢を描いた絵や小説、そうしたアイデアが全て失われて、何もイメージできなくなったと言っていたわ」
うーん、それだけだとスランプという可能性もあるのでは?
「ええ、私も、最初は単なるスランプだろうと思ったわ。だけど、優里菜ちゃんがこっそり投稿していたネット小説を確認してみたら、データが全て破壊されていたのよ」
うん……?
「保存していたUSBも突然破壊されていて、運営会社に問い合わせたけれどサーバーからはあらゆる形跡がなくなっていたというわ」
それは、もしかして……。
不安にさいなまれる僕に気づくことなく、知恵はヒートアップしている。
「神は、優里菜ちゃんの最後の心のよりどころを無慈悲にも奪ったのよ! 私は悟ったわ、神には優里菜ちゃんを助けるつもりなんてないんだって。でも、優里菜ちゃんが神に何をしたというの!?」
うーむ、これは、確かに犯人は神かもしれない。
しかし、知恵が想定しているような唯一神ではなくて、破壊神が犯人だ。
一か月ほど前、魔央が小説サイトを読み漁って大量にダメ出しして世界を破壊して回っていたことがあった。不幸にも兄・優里菜の小説がその中に入っていたのだろう。
魔央ならば、優里菜の脳内から小説や絵のイメージをことごとく破壊して、ついでにそのような世界が存在した証拠すら残さないくらいの徹底した破壊が可能だ。
ただ、これを知恵に言うわけにはいかない。
どうしたものか。
「私は、それまでも世界の破滅には興味を持っていたけれど、絶望してリストカットした優里菜ちゃんを見た途端確信したのよ。この絶望しかない世界を司る神なんて存在する価値もない、全て破壊しつくすべきだ、と」
そう言って、僕にしなだれかかってくる。
「だから、悠ちゃんには、優里菜ちゃんを壊そうとする世界を破壊してほしいのよ」
「ちょ、ちょっと。堂仏!」
僕は隣でゲームで遊んでいるとしか思えない堂仏を呼んだ。
「何?」
「知恵は世界を破壊してほしいなんて言っているけれど、それでいいのか?」
堂仏都香恵は世界征服を企んでいる。もし、知恵が世界を破壊してしまったら、それは彼女にとっても都合が悪いのではないか?
「うーん、まあ、そうだけど、人間の消滅なら、ボク達の大切な人100人くらいは逃がすからそれでいいかなって思って」
何だとぉ!?
「例えば世界中の核ミサイルを地表全部にぶっ放すとしても、インド洋の真ん中くらいなら生き残りそうなものだからね。ナガスクジラ達に頼んでみんなを乗せてもらうよ。その後はしばらく南極でペンギン達とモフモフしながら魚で我慢かな」
何という奴だ。
自分だけ良ければそれでいいという考えがアリアリと浮かんでいる。
とにかく、知恵が僕にコンタクトしてきた理由は大体分かった。
彼女は優里菜のことしか考えていなくて、その優里菜が絶望のどん底に落とされたことが許せない。元々、そうした方面に興味があって知識もあったことで、僕のところへとやってきたということだ。
では、僕はどうすべきか。
救済策としては兄・優里菜に心の平穏をもたらせばいいということになる。つまり、僕が彼?と会えばいいということにならないだろうか。
というよりも、何故、知恵は僕と優里菜を会わせようとせずに、世界を滅ぼすなんていう過激な方法に持っていこうとするのだろうか。
「それは無理よ……」
「何で?」
「優里菜ちゃんの中では、悠ちゃんは悪の化身になっているのだから。全身が黒い炎に包まれていて、身長320センチ、肩幅も2メートルくらいないとダメなのよ」
そんな人間がいるか~!
こんな、とんでもない妄想を抱く男を有名アイドルにしてしまって、日本は大丈夫なのか!?
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