第7話 知恵と優里菜
知恵の話が始まった。
「昔、小学校では、優里菜ちゃんが毎日のように『カガミよ、カガミ。世界で一番美しいのは誰?』と聞いていたのよ、覚えている?」
覚えていないよ!
そんな白雪姫の女王様みたいな奴なんて覚えてないから!
大体、そんな質問に答える鏡が小学校にあるはずないでしょ!
「そうしたら、
同級生の名前かいっ!
いや、加賀美麻里は覚えているぞ。恐山の近くの出身で、時々「アァァァァ!」とか叫んで何か色々言っていたよね。
「というか、元々からして優里菜って名前だったの?」
「そうよ。覚えていないの?」
「いや、本当に覚えてないんだけど」
「両親もどちらの祖父母も女の子だろうと決めて優里菜一本にしていたから、男の子だけど引けなかったらしいわ。役所で職員から『優里菜? 女の子の名前なのに男の子じゃないか』って文句を言われたらしいけれど、『ユリナが男の名前で何が悪いんだ! この子は男だよ!』と殴って、言うことを聞かせたらしいわ」
「何、その繊細で精神崩壊しそうなニュータイプみたいな話は……」
僕の軽口に、知恵がビシッと指を差してきた。
「それなのよ! 優里菜ちゃんは美人だけど、とても繊細で、精神が脆いニュータイプだったのよ、覚えていない?」
「だから、僕は覚えていないって……」
あと、ニュータイプは違うだろ。
「違わないのよ。優里菜ちゃんは精神感応を起こしやすい子だから、だから、悠ちゃんがイジメていた同級生を皆殺しにしたことも気づいたのよ」
あの、すみません。僕が殺したみたいな言い方をするのは、やめていただけますか?
「いいえ、優里菜ちゃんはそう確信したのよ」
同級生の不審死を双子の弟のせいにする姉……じゃなくて兄って酷くない!?
「優里菜ちゃんは、悠ちゃんがいると皆が不幸になると思って、その分自分が皆を幸せにしなければならないって思ったのよ。それでアイドルの道を選ぶことにしたの」
「……まあ、思い込みの激しい人だということは分かったよ。全然思い出せないけど」
本当に、何か深いトラウマがあるのかというくらいに思い出せない。
一体何故なんだろう。
「優里菜ちゃんは小学校を卒業すると同時にジュニアグループの養成所に入ったわ。優里菜ちゃんのアイドル性は抜群で、事務所はすぐに子役として起用し、ブレイクを果たしたのよ。だけど、優里菜ちゃんは繊細で脆いから、地元の子がついていた方がいいという話になって、それであたしがマネジャーになったわけ」
なるほど、そのあたりは成功者のストーリーって感じだよね。
中学校で知恵を見なかったのは、同じ事務所に行っていたからということなのか。
「その通りよ。高校に入ると、優里菜ちゃんは精神の安息地を得て、私も地元に戻ることができたわけ」
「へぇ、それは良かったね」
と答えた僕の襟元を、知恵が握りしめる。
「良くはないのよ」
「……」
確かに、これでめでたしめでたしなら知恵が「神を殺そう」とか言い出すことはないか。
「……優里菜ちゃんは、アイドルとして売れ始めても悠ちゃんのことを忘れたことは一日もなかったわ」
うっ、その点ではすまん。僕は記憶から除去したのではないかというくらい完全に忘れてしまっている。
「世界を不幸にするような弟だけど、きっといつかは楽しく暮らしていける。そんな思いも込めて、絵や小説を書いていたのよ」
「僕に対する評価が甚だ不本意だけど……」
という抗議は無視されて、知恵が話を続ける。
「優里菜ちゃんにとって、絵や小説は精神を保つための清涼剤だったのよ。それが、それが、あの日を境に……」
急に空が暗くなった?
って、何かいきなり稲光が!?
その稲光に照らされた知恵の目から、赤い血のような涙が?
「私は、あの時、この世界にまともな神はいない。もし、いるのなら、神を殺すべきだと誓ったのよ!」
「い、一体、何があったのさ?」
サスペンス事件の犯人が、復讐を誓うシーンみたいなノリだけれど!?
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