第6話 双子の兄・優里菜
時方優里菜のことはもちろん知っていた。
いや、個人的な知り合いではないよ。名前が同じだから個人的に親近感を覚えていただけである。
それが、僕の双子の兄だと……?
この衝撃はダブルに大きい。一つはもちろん、何で知恵がそこまで知っているのかということだ。僕には兄弟姉妹がいたという記憶が全くない。以前、先輩が言っていた「記憶が封印されている」ということなのかもしれないけど、本人が失っているような記憶を知恵が持っている。ということは、それに伴うとんでもないことを知恵が知っているということにならないだろうか。
もう一つは兄ということは男ということで、時方優里菜が男ってどういうことって話である。別にファンというわけではなかったけれど、女性アイドルグループの中に男がいるというのは相当にやばい。他の女の子のことも信用できなくなってくるわけだからね。
『ボクもびっくりしたけど、最近流行の男の娘ってやつなんじゃないの? ほら、あれ系のアイドルグループは水着とかならなくても大丈夫じゃない? 勝負する男がいてもおかしくないと思うな~』
おかしいに決まっているだろ!
本当に堂仏都香恵は常識を軽やかに飛び越えてくる存在だ。
『でも、君も両親が何かやらかして、黒冥魔央の生贄にされる寸前だったわけでしょ? ということは、それ以前にも両親が何かやらかして、兄をアイドルグループに渡してしまったということは考えられないかな?』
とんでもない想像をしているけれど、ありえない話ではないから困ったものだ。
うん……?
僕は不意に気配を感じた。
邪悪な気配ではないが、何というか、圧倒的な気配。
思わず振り返ったその先には……
「や、やぁ、ヤスオ君じゃないか。君が僕の双子の兄の方が良かったよ……」
先程送られてきたマウンテンゴリラのヤスオがいた。更に、すぐそばにオランウータンがいる。後ほど分かることだが、ウータンというひねりの無い名前らしい。
「ち、ちょっと、堂仏。何でヤスオとオランウータンがいるんだよ?」
『気になることがあってさぁ』
「気になること?」
『時方優里菜と時方悠って全然似ていないよね。でも、化粧したら似ているのかもと思って、さ』
な、何だと……?
『頼んでも聞いてもらえないだろうからね。連れ浚って、ボクの手で化粧してあげるよ』
「ち、ちょっと待て!」
待ってなどもらえない。ヤスオが僕の首の後ろに手刀を落とし、ウータンがみぞおちにパンチを放ってきた。
僕はあえなく気絶した。
どのくらい時間が経ったのか。
「ハッ!」
気づいた時、僕は椅子に縛られた状態で座っていた。更に背後にヤスオとウータンがいるので、とても逃げられそうにない。
前には二人の女がいる。一人は知恵だ。もう一人、木房さんより更に小柄な140センチくらいの一見すると幼女みたいな女がいる。もしかして、これが?
「やあ、ボクが堂仏都香恵だよ」
やはりそうか。
堂仏は知恵を向いた。
「それじゃ、ちょっと試してよ」
「ま、待て! 話し合おうじゃないか!」
知恵が化粧用具を取り出した。僕はパニック寸前になりそうなのをどうにか自制して交渉を求める。
「世界征服に必要なことがあれば手伝うよ。だから、化粧だけは勘弁してくれ」
「いいじゃない。減るものじゃないし、君も新しい世界を知ることができるかもしれないだろ?」
堂仏が知恵を急かす。知恵が溜息をつきながら、ファンデーションを取り出した。
「た、頼む! やめてくれ! ぎゃー!」
地獄のような時間が経過していくこと、およそ一時間。
「うーむ……」
堂仏が顎に手をあてて、僕の顔を眺めている。
「似ていると言えば似ているかもしれないけど、やっぱり男が女装したって印象はぬぐえないよねぇ」
「くっ、殺せ!」
と、何となく言ってみたけれど、僕の言葉は完全に無視される。
「……優里菜ちゃんは頬骨を削ったりもしているんだもの……。悠ちゃんも同じことをしない限り、同じにはなれないわ」
「ち、ちょっと知恵!」
「何かしら?」
「何で、そんなに時方優里菜のことに詳しいんだ? 僕は全然覚えていないというのに」
「それは、私が優里菜ちゃんのマネージャーだからよ」
「……マネージャー?」
「どうやら、悠ちゃんも知っておく必要があるようね。優里菜ちゃんが送ってきた苦しい人生のことを……」
知恵は、唐突に時方優里菜のことを語りだした。
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