第3話 一つになりましょう

 幼馴染み・新居知恵。

 彼女は僕を破壊神と勘違いして、つきまとうつもりでいる。

 これを放置しておくと、魔央を刺激して世界滅亡へと発展しかねない。

 そうでなかったとしても、これだけ変な方向に進んでしまうと社会を揺るがすようなことをしかねない。


 さすがに危険過ぎる。

 僕は武羅夫を見た。彼も「分かった」というような顔をして、右手を懐中に忍ばせている。

 話の続き如何では、決行せざるをえない。

「悠ちゃん、私、悠ちゃんのためなら死んでも構わないと思っているの」

「……!?」

 感づかれた?

「だって、そうでしょ。悠ちゃんはまだ、自分の中にそうしたことがあると気づいていない。それを知るためには贄が必要だということくらいは分かっているわ」

「……えっと」

「悠ちゃん、私を殺して、破壊神として目覚めなさい。私は殺されることで悠ちゃんと一つになり、共に神を滅ぼすの」


 これはヤバイ。

 山田さんもヤバかったが、知恵は正反対の方向性に同じくらいヤバい。


「さあ、悠ちゃん、私と一つになりましょう」

 知恵は聞きようによっては、結構アレな言葉を頻繁に口にしている。そのまま、僕の首に手をかけようとしたが、その時、「痛っ!」と頭を抑えた。

「あ、ごめんなさい。うっかりピーナッツを弾いてしまいました」

 怪しい笑みを浮かべながら魔央がピーナッツをかじっている。

 いや、いつの間にピーナッツなんか頼んでいたんだ?


「……この私に気配を悟らせないとは、一体何者なの?」

 いや、知恵よ、君、ただの凡人でしょ。

 確かに山田さんとか、川神先輩とかも含めて、僕の周りには変に身体能力の高い女性が多いけれども、君は絶対に凡人のはずだ。

「あ、紹介するよ。彼女は僕の田舎の知り合いで黒冥魔央って言って、一応、許婚ということになっているんだ」

 魔央を理由に追い返せればそれに越したことはない。許婚がいると知れば、普通は諦めるだろう。

 まあ、知恵は明らかに普通じゃないし、諦めてくれるかはなはだ心もとないけれども……

 果たして、知恵は「ハハン」と鼻で笑った。

「なるほど……。悠ちゃんを止めたい組織が動いたわけね」

「組織?」

「大方、日本政府なり何なりが、悠ちゃんの覚醒を恐れて、可愛い女の子を許婚にすれば大丈夫だろうとくっつけたんでしょう?」

「……」

 日本政府が動いたのは当たっている。許婚にして大丈夫かはともかく、防止法であることも当たっている。

 ただし、覚醒してダメなのは魔央の方で、僕がその封印役なんだけれどね。

 とはいえ、これを説明したら、「それなら黒冥さんを覚醒させればいいのね」とより危険な方向に向かうのは必至である。説明するわけにはいかない。

「……」

 魔央と知恵の視線が合う。何だかその中央で火花が散っているようにも見える。


 あれ? これ、もしかして、形はどうあれ、僕を巡って二人が争っているわけ?


 許婚対幼馴染みって、何かすごく心ときめく話だと思っていたんだけれど、いざ実際に実現してみると殺伐としすぎていて怖い。心拍数は上がっているが、絶対にときめいてはいない。


「……日を改めるわ」

 先に視線を外したのは知恵だった。帽子を被りなおして、鞄に手を伸ばし、資料を取り出す。

「これを読んでおいて。また、近々連絡するわ」

 資料には『神がいらない理由』と書いてある。三十ページくらいある資料だった。わざわざこんなものを作っていたとは、さすがに子供の頃から「神は死んだ」と叫んでいただけのことはある。恐るべし。


 知恵は魔央に軽く一瞥をくれて、そのまま去って行った。

「あのまま行かせていいのか?」

 武羅夫が聞いてくる。

「……絶対にまた何かやってくるぞ」

「それは分かっているけれど、自分を殺せなんて言ってきたくらいだ。殺してしまうと痛い目に遭うかもしれない」

「なるほど……」

 と、殺伐とした話をしていた途端、後ろから物凄いプレッシャーを感じた。


「時方悠、服部武羅夫。さっきの帽子被った子を、何故すんなりと行かしたのかしら?」

 地獄の底から湧き上がってくるような重みのあるこの声は……

「せ、先輩……?」

「新人を勧誘しろと言っていたのを、もう忘れたのかしら?」

「ち、違うんです。これは……」

 僕と武羅夫が情けなく言い訳しようとしたのだが。

「そーよ、そーよ。二人して情けないんだから。聖良様、こんな奴らやっちゃいましょうよ!」

 すっかり先輩の舎弟となってしまった女神アスタルテが煽りの言葉をかける。

「馬鹿! 先輩を怒らせるんじゃ……ぐわぁ!」

 僕と武羅夫の二人は、先輩のダブルラリアットを受けて脆くもカフェテリアのカーペットに沈んだ。

 誰も数えないけれど、カウント10まで起き上がる気にもならなかった。

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