第7話 銅像の秘密

 その夜。

 僕達は黒冥家に泊めてもらうことになった。

 ただ広い和室から夜の闇に染まる庭を眺め、昼間のことを思い出す。

 魔央だけでなく、自分も世界に悪影響を及ぼす存在だということは考えたことがなかった。フィクションで出てくる悪役、ニュースで聞くような独裁者のような存在として自分が存在していると言われて、心穏やかでいられるはずがない。

「……」

 僕はこれからどうなるのだろうか。

 制御不能になって『狂った白血球』のごとく、この世界を浄化しようとしてしまうのだろうか。

 視線の先にはラオウのような陰陽師の銅像がある。

 何だか、あんな感じで今すぐに昇天してしまった方が気楽なのではないか。そういう気もしないではない。


 サンダルを履いて庭に出た。

 銅像に近づくと、ふと気づくものがあった。

(何だ、ボタンみたいなものがある?)

 そう。ラオウの額にインド人女性がつけるビンディーみたいなものがあった。ビンディーって、確か未婚・既婚の区別をつけるためのものだから、ラオウがつけているのはありえないのだけど。

『ねぇ、押してくれる?』

「うわっ!?」

 急に声がして、僕は驚いて立ち退いた。

『押してほしぃなぁ~』

 幻聴ではないようだ。本当に聞こえてくる。

 僕は再度ラオウのボタンを見た。気になる、押してと言われると無性に押したくなってくる。

 しかし、それで「はい」と押してしまうほど馬鹿ではない。

「誰だか知らないけど、押してと言われて押す単純な人はいないよ」

『だったら、近くの虫をラオウの下につけてよ』

 誰か知らないけれど、やはり陰陽師じゃなくてラオウという認識らしい。僕は何となく満足してしまい、何の気なく、そばを歩いていたコオロギをラオウの下に置いてみた。

『ありがとう!』

「いえいえ、どういたしまして……? おぉっ?」

 何と、コオロギがいきなりラオウの銅像を登っていき、まっしぐらにビンディーに飛びついた。一瞬、ゴゴゴという音が響いたかと思うと、急にアラームが鳴り始める。

『エマージェンシー! エマージェンシー!』

 うわ、最果村なのに英語が飛び交っている。

 緊急事態?

 えっ、これは、僕がやらかしてしまったということ?


 屋敷が騒々しくなりはじめた。

「悠! 何があったんだ?」

 武羅夫がかけつけてきた。

「分からない。銅像に近づいたら、虫を置いてくれと言うんで、置いてみたら、こうなった」

 程なく、おばば様や黒冥家の執事みたいな者達が「出会え!」、「出会え!」と集まってくる。

 おばば様と目があった。

「……時方悠。やってしもうたな?」

「それは認めるけど、一体、あの銅像に何があったの?」

 というかさ、ボタン押されて「やってしまったな」なんて言うくらいなら、何でボタンを作るわけ!?

「あの銅像の下には地下牢があった。そこにあの娘……忌まわしき娘を封印していたのだ」

「忌まわしき娘?」

 ちょっと待って?

 破壊神の生まれ変わりである魔央を外に歩かせておきながら、忌まわしき娘として封印している娘がいるの? つまり、魔央よりやばいのがいるってことなの?

「力の差でいけば、魔央の方が恐ろしい。しかし、魔央はそれを律する精神をもっている」

『魔央は破壊の力を律する精神をもっている』

 ……本当か?

 いや、確かに喜んで使っているわけではいないけど、この二か月くらいで世界は八回滅んだんだよ。八回。

「……」

「……と、とにかく、魔央より我慢しないわけね。一体どんな娘なの?」

「あの忌まわしき娘……道仏都香恵どうぶつ つかえは動物と心を通わせることができるのだ」

「へぇ……」

 忌まわしいというより、何だかメルヘンな存在に見えるのだけど。

「確かに都香恵はメルヘンな存在だ。『クマと人間ってどっちが強いんだろう』という疑問から、北海道中のヒグマを集めて自衛隊駐屯地に攻め込ませようと考えたくらいには、な」

「……」

「幸いなことに、ヒグマの集結に公共交通機関を利用したので空港で気づいて隠密に処理することができた。万一山沿いに移動していたなら、本当に駐屯地の一つや二つは占領されていたかもしれん」

 うわぁ。

 空港に行ったら、待合室にヒグマの集団が待機していたとか嫌な光景だなぁ。

 もちろん、地下鉄に乗るヒグマとか、トラックで移動しているヒグマも嫌だけど。

「我々は奴を殺そうとした。しかし、奴の能力には興味があったので、研究対象として地下牢に封印していたのだ」

「それならそれで、何で銅像にボタンなんか?」

 ツッコミたいことが山ほどあるけど、とにかく、何で銅像にボタンがあったのか。そんなものを作らなければ、永遠に地下牢に封印できたじゃないか。

「……あの銅像は元々そういう造りになっている。我々が開祖様の銅像を勝手に操作するわけにはいかん。だから、誰にも近づけないようにしていたのだ」

 なるほど。その時々の一番面倒な人を閉じ込めていて、その出入りのきっかけとなるのがラオウ銅像だった。だから、村としては撮影してほしくなくて、僕の両親が撮影した時にも怒ったというわけか。

「でも、逃げる場所は分かっているんじゃないの?」

 地下牢ということは入り口と出口がどこにあるかは分かっているはずだ。だから、そこを待ち伏せしておけばいいのではないだろうか?

「いや、この地下牢は奥が深い。まだ、全てが解明されたわけではないのだ」

 何で、こんなド田舎にそんなデカイ地下牢を作るんだ?

 おばば様は質問を無視して、何かブツブツ言っている。

 そのうえで、僕の方を向いた。

「たった今、道仏都香恵を最果村アハト刑にかけることにする。あの娘には人権が存在しない。だから、地下牢に入って、あの娘を完全に封印してこい」

 ……はい?

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