第3話 再び、最果村へ

 四里はノートに『時方悠』と書き込んだようだ。

 その瞬間、一瞬、空間が歪んだような感覚を受ける。

 続いて、ドーンという地響きのような音が鳴って、目の前に巨大なフード姿の人物が現れた。手にした鎌と、フードの下の髑髏……ああ、死神って感じだねぇ。

「あたしの腎臓と引き換えに、時方悠を殺して」

『イエッサー』

 死神がクルリとこちらを向いた。

 やばい……。

 これはちょっとどうしようもない。

 週刊誌記者に社会的抹殺ではなく、呪いによって抹殺されるとなると笑い話にもならないが、この状況はどうしようもない。

 世界を滅ぼしたら何とかなるかもしれないけれど、救える回数がゼロだからその手段自体が使えないし。

 死神が宙に浮いたまま近寄ってくる。

 おい、武羅夫、何とかしてくれよと思うが、完全に腰が抜けてしまったようで全くアテにならない。魔央はというと、特にこれということはしていない。余裕綽綽という様子だ。

『むっ?』

 死神が声をあげた。

 ああ、これで終わりなのだろうか。

『あ、時方様。ちーっす』

「……えっ?」

 死神がぺこりと頭を下げ、クルリと反転する。ぽかんとしている四里に対して。

『すまん。あの方はあんたの命全部と引き換えでも無理です。腎臓取るというのは無しということで契約無しでお願いします』

 と言って、ボンと煙をあげて消えてしまった。


「えっ? えっ?」

 茫然としている四里。

 とりあえず、あの物騒なノートを取り上げてしまおうと、近づくとへなへなと座り込んだ。

「あんた……、死神の上の存在ということ?」

 えっ?

 そんな感じで聞かれると、回答には困る。

 とはいえ、死神は最初は殺す気満々で近づいてきていた。それが、相手が僕であると分かった途端に挨拶をして踵を返してしまった。

 ということは、僕には分からないけれど、死神にとって僕を殺すとまずい理由があったということになる。

 一体、何だろう?


 お、もしかして、こういうことじゃない?

 僕が死ぬと魔央が何かやると世界滅亡が確定する。

 神様にとっても、世界が滅亡するのはまずい。信仰してくれる人がいなくなるからね。

 ということで、神様も『あいつは殺せない。何とかしてやらないといけない』と思っているのだろう。

 そうか、そういうことだったのか。

「クックックックック、アッハッハッハッハ、アーッハッハッハ!」

「お、おい、悠?」

「僕は神を超えたのだ!」

 そうだ、世界を維持できるのは僕だけだ。

 異世界に至っては、その存在を許すか許さないか、最終的な権限すら握っている!

 最強の存在になったのだ!


 グサッ。


「えっ?」

 急に脇腹が熱くなった。

 視線をずらすと、四里がナイフを突き立てている。

「ぐはっ」

 何?

 神をも超えたはずの僕が、たかだかナイフの一撃で死ぬ、だと……


 ……

 ……


「……はっ!」

 目を開けると、ワゴン車の中だった。

「あ、気が付いたか? 悠?」

「こ、ここは一体?」

 僕はどうなったんだ?

「死神さんがくるっと踵を返したあたりで、安心したのか悠さん、気絶してしまったのでそのまま乗せました」

 気絶した?

 死神が踵を返したあたりで?

 ということは、途中からは夢だったのか。

 ああ、危ない。

 確かに「神をも超えた」なんて僕にしては調子乗り過ぎな展開な気もしていたけれど。

「最近、色々あったし、世界を救える回数もゼロのままだからストレスもあるしで、大分疲れているみたいだな」

「あ、あぁ、そうかもしれないね。ところで四里泰子は?」

「置いてきた」

「えっ、大丈夫なの?」

「頼みの死神が不発だったわけだからな。完全に戦意喪失していた。もし悠のこと書こうとしたら呪い殺されるぞと言い含めたらマジ泣きしていたからもう大丈夫だろう。土井中駅に連絡して、レンタカーがパンクしたからもう一台出してくれと言ってあるから大丈夫だ」

 そうだったのか。

 そういうことなら、お互いもう近づかない方がいいのだろう。夢の中とはいえ、殺されそうになったわけだし。

 ただ、何だろうなぁ。また出て来るような気はするなぁ。


 車で更に走ること一時間。

 最果村の標識が見えてきた。その下に看板がある。

『この先、以下のもの信ずるべからず。携帯電波、日本国憲法を含むあらゆる成文法。最果村』

 標識の向こうはアスファルトがなくなり、土の道路となっている。その向こうには田畑と古い造りで出来た家々が見える。

 久々に戻ってきたのだ、最果村に。

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