第3話 須田院阿胤という男

 須田院阿胤の潜伏場所が隣のタワーマンション最上階だったという信じられないオチを、僕はすぐに武羅夫に伝えた。

「今すぐに自衛隊や警察を集めて須田院を捕まえた方がいいんじゃないか?」

 という僕の提案に、武羅夫は浮かない顔をしている。

「悠の提案はもっともではあるのだが、自衛隊を集めるのはまずい」

「ただ、MA-0は世界を破壊できる兵器だという触れ込みだぞ?」

 それがどこまで本当かは分からないが、先程空を飛んでベランダに舞い降りていたのは目の当たりにしている。かなり高性能なアンドロイドであることは分かる。

「最悪、この辺でドンパチになった場合、魔央ちゃんが怖がって世界を壊す可能性がある」

「ムッ……」

 それは否定できない話だ。

「しかし、そうなると目と鼻の先だよ? さっきは捨て身の誤魔化しで魔央がここにはいないように主張したけれど、偵察に来たり、あるいは僕を抹消しに来ることだって考えられる」

「分かっている。分かっているが、これだけのことを俺一人の一存で決めることはできない。首相に伝えて、その上で……」

「いや、それはいいんだけど」

 あの首相には期待できないからなぁ、という言葉が喉の辺りまで上ってきたけれど、どうにか飲み込むことに成功した。

「ひとまずしばらくは籠城の方がいいだろう。三日ほど大学を休む旨を連絡して、須田院の偵察をしよう」

 結局、落ち着いたところは非常に微温的な対応だった。


 で、二日が経った。

 この間、僕と魔央はトレーニングルームにいたり、時々アニメなどを一緒に見たりするという非常に平和な生活だ。

「須田院はこの二日、部屋にこもったまま出てこない」

 向こうもか。しかし、僕達と違って、あいつは科学者らしいから、謎な実験をしているかもしれない。そういう点では僕達よりも、彼が籠りっぱなしというのは危険な兆候とも言える。

「何をしているのか知りたいが……うん?」

 ベランダの方からドンドンという物音がした。移動してみると。

「げっ!」

「ここを開けろ! 時方悠!」

 何と、MA-0がベランダのガラスを叩いていた。その背中にはおんぶされるように須田院阿胤の姿がある。

「くそっ! 53階の連中を……」

「待て! 争いに来たわけではない」

 武羅夫が応援を呼ぼうとしたのを須田院が制する。

「見ろ。MA-0は武器を搭載していない」

 いや、見たって分からんがな。

 それに女の子型アンドロイドとなると、制作者の性癖によって変な武器があるかもしれないし。

「何だと!? 貴様、この須田院阿胤を侮辱しようというのか!? たかだか一般市民の貴様が、IQ300のこの須田院阿胤を?」

「……はいはい、僕が悪うございました」

 色々と面倒な相手だ。話だけ聞いてさっさと帰した方がいいだろう。


 応接間に案内して、茶とクッキーを出した。魔央にはしばらくの間、トレーニングルームから出てこないように言い含めて、菓子を持って行く。

「で、何の用なんです?」

 須田院はムスッとした顔でクッキーをつまんでいる。

「この須田院阿胤は未だ納得ができない。何故に貴様のような凡人が封印の刻印に選ばれて、IQ300の須田院阿胤が選ばれなかったのか」

 IQ300なのか。そこまで行くと現実味がなくて嘘っぽく聞こえるぞ。

「いや、それは僕が知りたいくらいなんだけど」

 むしろ、替わってくれるなら、替わってもらいたいくらいの気持ちもあるのだけれど。

「あまつさえ!」

 須田院は高飛車に僕を指さしてくる。

「この二日間調査をしていたところ、貴様の周りには魅力的な女の子が大勢いるではないか! 山田狂恋、木房梨子、四里泰子……。何故、IQ300の私ではなく、貴様が選ばれるのか」

 二日間立て籠もっていたのは、僕の調査をしていたからなのか?

 心配して損した。いや、こいつに調査されるというのも何とも不気味ではあるけれど。

 しかし、モテない理由ねぇ。

「……IQ300が嫌味っぽく聞こえるからじゃない?」

「イロン、アリマセン」

「貴様は黙っていろ、MA-0!」

「あとはまあ、思い切りストーカーぽいしねぇ。二年前に振られた腹いせに、変なアンドロイドまで開発するような奴、多分誰も好きにならないんじゃないかと思うけど」

 MA-0がコクコクと頷いている。しかし、本当に魔央によく似た顔をしているよなぁ。

「……ならば貴様は、私にどうせよと言うのだ?」

 不機嫌極まりない顔で尋ねてきた。

「どうすれば貴様のようにウハウハな十代を過ごせると言うのだ?」

「ウハウハではないんだけど……」

「何ぃ!? 貴様、これだけいい思いをしていながら、それでもまだ不満だというのか? 私をどこまで見下せば気が済むのだ!?」

 見下してないよ。

「出会った時から、貴様は常に私を見下していたな? 内心では『僕の方が3階高いところに住んでいるし』と思っているのだろう」

「思ってないって。そこまで言うならドバイにでも行って、世界で一番高いマンションにでも住めばいいじゃん」

「ドバイは無理だ」

「えっ、高いから?」

 IQ300とか言っているし、これだけのアンドロイドを開発するくらいだから、収入を得ようと思ったら得られるんじゃないの?

「……核弾頭やら各国の最新兵器を盗んだから、世界中で指名手配されている。日本を一歩でも出たら、世界中の工作員から命を狙われる」

 ……ダメだこいつ。早くあの世に送らないと。

「……って、日本なら安全なのか?」

「安全ではない。だから、黒冥魔央のそばに住んでいる」

 ああ、なるほど。さっきの武羅夫の言葉じゃないけど、魔央の近くにいたら、手を出しにくくなるというわけか。


 というか、こいつ何なんだよ。

 魔央に振られた腹いせに変なアンドロイドを作ったけれど、その過程で世界中を敵に回して、自分だけでは生き残れないから魔央のそばに住むしかないって本末転倒していないか?

 むしろ魔央に土下座して、「自分の命を守ってください」くらい頼むべきなんじゃないの?

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