第5話 いざ、ジェットコースターへ
「これをお互い咥えて、飲むんだよ」
説明しているうちに緊張してくる。アトラクションのことしか考えていなくて、カップルストローで何か飲むというのは全く考えていなかった。完全な不意打ちといっていいだろう。
「なるほど。面白そうですね」
魔央は特別気にする様子でもない。そのままストローを咥えて、スーッと飲み始めてしまった。
「アッ」
周囲の声にかまうことなく、一気に飲み干してしまった。僕が慌ててストローに口をつけた時点ではもはや空っぽ。
「……」
「時方さん、カップルストローで相手に全部飲まれてしまうなんて、すさまじい負けっぷりであります。ワタクシめ、一つ勉強になりました」
木房さんにまでバカにされる(本人にその気はないのだろうけれど)始末だ。
「あ、私一人で飲んだらダメなんですね」
魔央が天然ぶりをいかんなく発揮する。
「じゃあやり直しましょう。でも、これはちょっと甘すぎるのでウーロン茶とか水がいいです」
魔央、二人分全部飲んでから甘いというクレームは正直ないと思うんだ。
しかも、ウーロン茶か水というのは、カップル二人で飲むには渋すぎないかい?
まあ、文句を言っても仕方がない。注文をして再チャレンジだ。
「それじゃ行くわよ。一、二、スタート!」
先ほどの失敗があるので、川神さんの音頭で二人で飲む。
魔央、早い。というか、これがどういう意味なのか分かってないんじゃないかというくらい早い。
「……渦とか起きないですね」
渦? 何のことだ?
「いや、二人で別方向から飲むと、渦とか発生するのかなって」
お、おぉ? 発生するのか?
「確かに、違う方向から激しく水を吸い込むと、変な運動が起きるのかもしれないけど……」
先輩も首をひねっている。
十分後。
「お待たせしました」
キャストが首をかしげながらもってきたのは特大コップの水。そこに四本のストローが刺さっている。
何故か「実験してみよう」という話になって、先輩と木房さんも含めて四人でやることになった。これ、理屈としてはハーレムストローなのかもしれないけど、誰一人そんな気分になっていない。
「それじゃ行きます。一、二、スタート」
キャストの音頭で四人が一斉に吸い始める。水の渦……正直よくわからないまま空っぽになってしまった。
「……どうやら、まずは別の形で実験して、そのうえで試したほうがよさそうね」
川神先輩はそこまで言って、「あれ」と首を傾げた。
「何でこういう方向になっているの?」
ですよねー。
でも、途中までは魔央が変な方向だったけれど、途中からは先輩が主導していましたよ。
「だまらっしゃい。私が手を尽くしたのに時方君がヘタレだからダメなのよ」
ぜ、全部僕の責任?
「……そういえば彼女はどこに行ったの?」
彼女?
ああ、山田さんか。そういえば全然合流してこないな。まさか一人で射撃ばかりずっとやっているのだろうか。
「探しに行こうか。みんな一緒で何かに乗ろう」
「賛成ね。確かに貴方達は二人一緒でいるより、みんなと一緒の方がよさそうだわ」
先輩に断言されてしまったのは納得がいかないけれど、完全に間違いというわけでもないのも事実だ。
山田さんは本当に射撃場にいた。
「ダメね。やればやるほど、もっと上の世界を目指せそうに思えてくる」
銃口にフッと息を吹き付けながら、彼女は遠い目をしていた。
はいはい。世界的スナイパーにでも何でもなってください。
全員で何かに乗ろうという話には、最初不満そうな顔を示す。
「……私には時方君しかいないの。現世では諦めたけど、時方君以外のものと
どういう心境なのかは知らないけど、何かドヤ顔で言ってくる。
「分かったわ。それじゃ、好きなだけ鉄砲を撃っていなさい」
先輩があっさり突き放すと。
「ち、ちょっと待ちなさいよ。番になるつもりはないけど、乗らないとは言っていないわ」
どっちやねん。面倒だな、全く。
完全に先輩に仕切られる形で、僕達は園内を移動する。
「これがいいわね」
うっ、ギャラクシーマウンテン。ジェットコースター式のやつだ。
これはかなりスリルのあるやつだけど、大丈夫かな?
「黒冥さん、安心しなさい。私が後ろについているわ」
「ワタクシめも見守っているであります」
うん、あれれ?
そういうセリフは僕が言うべきなんじゃないのか?
と思ったその時、僕は今日の自分が間違っていたことに気づいた。
僕はここに来てから、こうなったらまずいんじゃないかと悪いことばかり考えていた。言うなれば、失敗を恐れすぎていたのかもしれない。
魔央の気持ちがどうこうというより、世界が滅んだらどうしようと悪い事ばかり考えていたような気がする。
大切なのは魔央の気持ちなんだ!
世界のことなんか忘れて、魔央のことを考えるべきだったんだ!
「それはそれで行き過ぎだと思うけど……」
げーっ、先輩、僕の心を読んでいたの?
「……いや、普通に叫んでいたわよ」
あれ、そうなの……?
ということは、魔央にも聞こえていたわけ?
ぎょっとして隣を見ると、魔央は両手を内ももに挟んでうつむいていた。
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