第8話 そしてうやむやに終わる

 嵐のような夜から二日。

 僕と魔央、武羅夫は、いつものように大学の構内を歩いていた。

「あれ?」

 気配がしたので振り返ると、木房さんの姿があった。僕達……というより、魔央の姿を確認すると、そそくさと隠れるように距離をとる。


 あの後、負け組教団の全員を前に魔央が言った。

「私達は別に活動を邪魔するつもりはありませんけれど、今後、私達には近づかないようにしてくださいね」

 恐怖でへたれこんでいる面々が逆らうはずがない。木房さんを含めて、彼らは全員ただ頷いているだけだった。


「……」

 だから、彼女としては僕達と距離を置いているのだろうし、そうなると僕達の方から近づくのもちょっと違う。

 あえて気づかないフリをしようとしたのだけれど、何故か僕達の移動に木房さんがついてくる。

「……」

 武羅夫と魔央も明らかに気づいているようで、「何だろう?」と時々振り返り、その度に彼女がササッと物陰に隠れる。

「闇討ちでもするつもりなのか?」

 武羅夫がボソッと声を出した。

「どうなんだろう。迷惑極まりないけど、そういうズルいことをする子には見えないけど」

 気になる。

 そうこう歩くこと三十分。

「よし、分身の術で前後から挟み撃ちにしよう」

 分身の術?

 おまえ、そんなすごいもの使えるの? それならもう少し、他のシーンでも活躍できたりするんじゃないの?

「分身の術にはちょっと制限があってな。俺の脈拍数が65を切っていないと使えない。俺の平常値は65だから、ちょっとでも慌てているともうダメなんだ」

 いや、それなら心拍数を抑える特訓しろよ。というか、忍者の末裔ならすぐに慌てるんじゃないよ。

 文句を言っても仕方がないけれどね。

 で、武羅夫が実践して数秒後。

「あわわ、見られていたのでありますか?」

 木房さんが悲鳴をあげて、こちらに逃げてきた。その後ろから追いかける武羅夫の分身は、走って脈拍が上がったのかすぐにいなくなる。

「あ、あわわわわ……」

 木房さんは僕達の前でへたれこんでいる。

「どうかしたの? リベンジしたいわけ?」

 僕の質問に、木房さんは首がちぎれるんじゃないかというくらいの勢いで激しく首を左右に振った。

「め、め、滅相もございません!」

「でも、さっきからずっとついてきているよね」

「はわわ! それもバレていたのでありますか?」

「バレていたって……」

 あれでバレていないと思っていたのか。この子、負け組オーラ以外は本当にヘタレな感じだよね。

「じゃあ、何でついてきているわけ?」

「じ、実はお願いがあります!」

 と、木房さんはその場で土下座して、頭を地面にこすりつけた。少し離れたところで見ていた人達がヒソヒソと話を始める。

「土下座はいいから」

 ひょっとしたら、僕達が木房さんをイジメているように見られたかもしれない。彼女を起こして、仕方ないから以前のカフェテリアに行くことにした。


 カフェテリアに入り、改めて尋ねると……。

「黒冥さん、いや、黒闇様! お願いがあります!」

 と、木房さんはテーブルに頭をこすりつける。

「どうか、負け組教の名誉顧問になってほしいであります!」

「えっ、私がですか?」

 魔央はびっくりしているけれど、僕達にとっても驚きだ。負け組教は負け組しか相手にしないんじゃなかったの? 魔央は破壊神だけど、名家の生まれで、今もタワーマンションの最上階に住んでいる勝ち組極まる存在だ。勝ち組というより無敵の存在といってもいいのかもしれない。

「はい! 私達は恐ろしいまでの魔の力を感じ、自分達がいかに未熟であるか思い知ったのであります! 今後は謙虚に自分達を見つめ直し、改めて呪いの力を磨きたいと思いまする」

 いや、呪いの力を磨くのはやめた方がいいんじゃないかと思うけれど。

「私も負け組の救世主の名前を返上し、負け組一年生として黒闇様についていきたいと思っております」

「うーん」

 極端すぎる。というか、魔央についていって負け組としての力が上がるものなのだろうか。

「ねえ、魔央はどう思……」

 振り返ったら、魔央が泣きそうな顔をしている。えっ、何があったの? 視線の先を確認すると……。

『……▽■容疑者は、このように◎※ちゃんを虐待し……』

 しまったぁ! このカフェテリア、テレビでニュースをやっていたんだ。

 しかも、また虐待の話なんかしているぅ。

「酷い話です。ウッウッ……」

「ま、待つんだ! 魔央!」

 こんな世界はなくなった方がいいなんて思ったらダメだ!


 待ってくれなかった。

 魔央の涙は天に昇り、その日から七日七晩の激しい雨となった。海面はすさまじい勢いで上昇し、逃げた船の甲板にも容赦なく降り注ぐ。

 今、地球は完璧なる水の惑星になった。水棲生物以外の全てが絶滅したのである。

 世界は滅亡した。


『世界を救いますか?』

『▶はい いいえ』


 僕はテレビを消してリモコンを握りしめる。「何、勝手なことしているんだ? 非常識な奴だな」という非難まじりの視線を感じるけれど、これ以上同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。 


『世界を救える回数はあと一回です。回数が増えるまでにはあと1304の好感度が必要です』

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