第7話 決着
いよいよ決戦の日を迎えた。
……結局、少し昼寝して寝ないことを選択したので前日からの続きというムードなんだけどね。
午前十一時に武羅夫の車で高速に乗り、八王子から延々間道を走って目的地へと向かう。
正直、気分は浮かない。
「あ~、嫌だなぁ。あれだけ恐ろしい丑の刻参りされたら二度と立ち直れないかも」
「大丈夫ですよ。悠さんなら耐えられると思います」
魔央がにこにこと応援してくれるけれど、心配してくれているのか、無神経なのかちょっと分からない。
そうこうしているうちに目的地についた。静かで暗い川辺だ。そんな中に無数の蠟燭の炎だけが灯りとして存在しており、非常に不気味な光景である。
「ヘッドライトはつけっぱなしにしておこう」
蝋燭の火しか見えないのは精神衛生上良くない。文明の灯りを見ないと気圧されてしまいそうだ。
河川敷に着くと、木房さんと後ろにズラッと並ぶ負け組教の面々がいた。
全員、白装束……うち、何人かのものには返り血でも浴びたかのような赤い染みがついている。心臓に悪いけれど、懲役三年を超えることはしないらしいから、多分、赤インクかトマトジュースでもこぼしたんだろう。
「よくぞ来てくれたであります」
木房さんが声をかけてきた。
「それはまあ、この面々が赤坂に来たら、周囲がびっくりするし」
あと、魔央の存在が世間にバレるかもしれないからね。逃げるわけにもいかない悲しい現実がある。
「お前こそ、この前、魔央ちゃんに全く通用しなかったのに、よく立ち向かう気になったよな」
おーおー、武羅夫が木房さんを煽っている。
それに対して彼女は高笑いで応えた。
「フフフ、そんなことを言えるのも今のうちであります。私は、この二日間で日本三大怨霊のパワースポットに行き、その大いなる力を吸収したのであります!」
日本三大怨霊というと、菅原道真、平将門、崇徳上皇だっけ?
それぞれのパワースポットというと、太宰府天満宮、白峯神宮、将門塚?
福岡、京都、東京を二日で旅行できる負け組なんているのだろうか?
「黙るであります! 時方悠! おまえを呪うのは後回しであります! まずは黒冥魔央との決着をつけ、その後におまえを呪い殺すであります!」
いつの間にか僕も呼び捨てされるようになってしまった。最初は「時方様」だったのに。
「はああああ!」
おお、木房さんが両手をあげた。
「地球のみんな、私にちょっとずつ、怨念を分けてほしいであります!」
まさかの逆元気玉!?
というか、世界中から集めるつもりなら、パワースポット回る必要なかったんじゃない!?
「我々の力を救世主に!」
「どうか、勝ってくだせえ!」
周りの面々も必死に念を送っている。立場が逆なら感動すべきシーンなのかもしれないけれど、元気じゃなくて負の感情を送るのはどうなんだろう?
しかし、木房さんの頭上には暗闇の中でもはっきり分かるような黒い玉が浮かび上がっている。もはや呪いではなくて、物理攻撃のような気がしないでもないけれど。
魔央は平然とした様子で眺めている。
いや、しかし、さすがに世界の怨念を集めたものをぶつけられるとどうなんだろう。いくら破壊神とはいえ、負けてしまいそうな不安もある。
しかし、これ、破壊神を倒すのに世界中の人が協力しているカッコいい絵面なのか。僕達が悪役側なのは非常に納得がいかないけど。
「食らうであります! とりゃー!」
ものすごい大きな黒い玉が魔央に向かって投げられた。これは前回みたいに一メートル前で失速なんてことにはならなさそうだ。というか、半径一メートルを超えているから、失速しても被害はただでは済まない。
「魔央! 危ない!」
しかし、魔央は動かない。というか、目を閉じていた。
それが今まさに当たらんというところで目を開く。
「はあっ!」
「何だ!?」
目が紅い!? 魔央の目が真紅に染まり、髪が逆立っている。これもこれで怖い!
途端に魔央の手前に太っちょの男が現れた。そいつがクルッと一回転した途端、ガーンという快音を残して、黒い玉は空へと消えていった。
えっ? そんな簡単なものだったの? 木房さんの呪い、そんな簡単に終わるものだったの?
「世界でもっとも有名な呪いの一つ……バンビーノの呪い」
えっ、バンビーノの呪い? ベーブ・ルースが移籍したらレッドソックスが勝てなくなったってやつでしょ!? じゃあ、黒い玉を打ち返したのはベーブ・ルースの霊か?
「ば、馬鹿な……?」
木房さんは茫然と黒い玉が消えたライトスタンド……じゃなくて、右後方を眺めている。
『今度は我の番だ』
えっ? 魔央の声じゃないぞ、男がしゃべっているかのようだ。
「ギョエエエエッ!?」
魔央の体にヒビが入って割れた!? そこから悪魔のようなものが現れてみるみる巨大化していっている。
ちょっと待って! いくら何でもこれはやり過ぎだ!
これはラブコメから逸脱している、現代ドラマ……、いや、現代ファンタジーだ!
「あわわわ……」
木房さんはじめ、負け組教団の面々があまりの恐ろしさにへたりこんでいる。何か、ちょっと……、その……失禁しちゃったような雰囲気もある。
冷静に分析している場合じゃない。一大事だ、魔央が本来の破壊神として目覚めてしまったのかもしれない。
「武羅夫! あれ、武羅夫はどこに行った?」
あいつ、肝心な時にはいつもいなかったり、戦力外状態だな!
「た、た、助けてほしいであります!」
って、木房さんがしがみついてきた。いや、僕を盾にされても。
『木房さん、悠さんから離れなさい』
おっ? 何だ? 魔央の声っぽいものが聞こえた……と思ったらパアンと凄い音がして、全員が悲鳴をあげてしゃがみこんだ。
「あちゃ~、風船が破裂してしまいましたね」
「魔央!?」
僕だけでなく、木房さんも驚いた。
車の中から魔央が出てきたからだ。
えっ、最初から魔央はそこにいたってこと? ということは、さっき破裂した悪魔みたいな魔央は?
「フッフッフ……、ようやく忍者らしい仕事が出来た」
「武羅夫?」
「解説しよう。拙者、服部武羅夫が変化の術で魔央ちゃんになりすまし、木房さんの攻撃と同時に空蝉の術で魔央ちゃん人形と入れ替えたのだよ。そして、魔央ちゃん人形の中に悪魔っぽい風船を入れて、空気で膨らませていたのだ」
「じゃあ、魔央は最初から車の中に待機?」
「……出て行ったら、本当に全員死んだかもしれませんし」
魔央はしれっと恐ろしいことを言う。いや、でも、黒い玉を打ち返したのは多分本当だし、そうなったのかもしれないけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます