第6話 決戦に向けて
「それで、決闘ということになったわけね」
その日の午後、何故か僕達は先輩の部室にいた。まあ、正確には予約の確認を求められ、その報告に来たわけだけれど(そして、政府も含めて先輩の意向には逆らわない方がいいとなり、スイート席が連日予約されている)。
「呪殺とか言っても、そんなことできるんですかねぇ」
呪いが怖いというのは分かったけれど、それで本当に人が死ぬのかというのは眉唾である。もちろん、昔は恐れられていたのだろうけれど、さ。
「生理学的に言えば過度の興奮・恐怖状態にさせることで血圧やら心拍数が上がり、何らかの異変を起こさせるというのは普通にあるところね」
「そうですね。トラウマを植え付けられる可能性もありそうですし」
先輩は「フッ」と鼻で笑う。
「そうね、確かに時方君みたいな軟弱な精神の持ち主なら、そういうことがあるかもしれないわね」
先輩から軟弱と断定されてしまった。
「魔央さんと木房さんは破壊神と人間の違いがあるとはいえ、互いに負の世界の超エリート。トラウマを抱くなんてことはないわ」
「そうですか……」
と頷くけれど、破壊神と人間を同列に並べるのはいかがなものなのだろう。
「木房さんがどこまで頑張れるのか。これは今後の未来で、人が神にどこまで近づけるのか。あるいは神の領域まで到達できるのか、『ホモ・デウス』の世界に到達できるのかという一つの試金石になるわね」
何だか木房さんが人類の未来を背負っているかのような言い方だ。ノア・ハラリ教授もびっくりだろうな。
「で、魔央さんは何をしているわけ?」
「久しぶりに自然一杯のところに行けるって、ルンルン気分で準備しています」
破壊神なのに自然が大好きというのも何か間違っているような気がするけれど、それは言ってはいけないのだろう。
「木房さんは?」
「それは分からないですね」
「恐らく無縁仏やら何やらの埋め込まれている寺にでもいるのでしょう」
先輩が勝手に推測を始めた。
「そういうところには基本的に多くの負け組の霊魂が漂っている。彼らの魂を取り入れることでパワーアップを図ろうとしているのではないかしら」
「先輩、そんなことができる人も、僕は人間と認めたくありません」
過去の人類を追体験して強くなるみたいなイベントはフィクションには時々ある。でも、負け組の人生を体験しても辛いだけじゃないか。
「あっ、でも」
「どうかしたの?」
「よくよく考えたら、野球という点では、僕達も生まれてからまだ一度も優勝したことがなかったから負け組なのかもしれませんね。ぐへえ!」
僕の軽口は強烈なアッパーで止められた。
「ルール変更をしてもらおうかしら。お互いを呪殺するのではなく、どちらが時方悠をより粉みじんに呪殺できるか、に」
「やめてください先輩。その呪いは僕には効きますから」
というか、僕個人は一回しか死ねないのに、下手したら二回死ぬかもしれないレベルだよ。
帰ってくると、魔央はもう寝ているようだった。まあ、確かに明後日三時となると、明日は徹夜するか、もしくはものすごく早めに寝るかのどちらかになるのだろう。
僕も彼らの茶番に付き合うことになるのだし、早めに寝た方がいいかなと思ったら、武羅夫から着信があった。
『悠か。今、現場にいるが、負け組教の奴ら、凄い気合だ』
「そうなの?」
相手は前日から現地入りしているのか。何か試合前の特訓みたいなことでもやっているのかもしれないな。呪いの特訓が何なのかについてはさっぱり分からないけど。
『ああ。モニターの電源をつけるといい。今からそちらに動画を送る』
「いや、いいよ」
そんなものを見せられても、ただ怖くなるだけだから。
『いや、慣れておいた方がいい。初見の投手は打てないという話があるだろう』
そういう問題か?
僕は渋々テレビをつけることにした。
うわぁ、いるわ、いるわ。白装束にろうそくをつけ、白粉を塗りたくった不気味な男女がゾロゾロと。こんなのが大挙して田舎の道路を走っていたら、警察とか出動するレベルなんじゃなかろうか。
で、その最前列のところに僕の顔写真があるよ。どこで撮ったのか分からないけど。いや、よくよく見ると、それぞれの藁人形にも僕の写真がある。
『この藁人形には時方悠の髪の毛を植え付けた! 者共、精魂こめて打てぇ! おぉぉぉぉぉ!』
『おぉぉぉぉぉぉ!』
地鳴りのような唸り声がモニター越しに伝わる。
『時方悠! 死ねやぁぁぁ! キエェェェェェ!』
怪鳥のような叫び声とともに血走った目でカーンと打ち付ける。
『死ねやぁぁぁ! キエェェェェ!』
響き渡る怪鳥の鳴き声、金づちが釘を打ち付ける音。
『以上、負け組教のウォーミングアップの模様を放送いたしました』
「放送いたしましたじゃねえよ!」
怖えぇよ!
こんなの間近でやられたら、本当に心臓麻痺起こしかねないよ!
何で無関係の相手にここまでできるんだよ!
あ、彼らは勝手に、僕がリア充だと呪っているんだった。
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