第2話 希望捨てるべし?

「木房梨子さんね」

 僕は変わった名前だな、と思ったけれど、それ以上不審に思うことはなかった。

「いいえ、私ごときの名前など憶えていただかなくても結構です。私など、道を歩くありんこ以下の存在でございますから」

「……? そ、そんなことはないと思うけど?」

 何か変な魂胆があるのかと思うほど卑屈な態度を取られてしまった。

「貴方様のことは存じておりまする。時方悠様でございますね」

「う、うん。そうだけど……」

 この大学の女子、初対面なのに僕のことを知り過ぎていない?

 本来なら嬉しいはずなんだけど、色々あったせいか不安になってしまう。

「私めの身体ごときで満足していただけるのか甚だ不安でございますが、どうぞご賞味ください」

「うわーっ! 何をしているの!?」

 突然服を脱ごうとするから、僕は仰天して食い止める。こんなところを魔央や先輩や山田さんに見られたら人生ゲームオーバーになりかねない。

「……私めの裸など見ても仕方ないということですか?」

「誰もそんなことを言ってないよ! そういう魂胆なんてないから!」

 一体何なんだ、この子は? ひょっとしたら、下心満載のスラム街みたいなところで生活していたのだろうか。

「君は僕に恨みでもあるの?」

「あろうはずがありません」

「だったら、僕の言うことを聞いてもらえる? とりあえず何もしないで」

「……分かりました」

 冷静に振り返ると、僕の言い分も無茶苦茶だけど、とにかく木房さんを落ち着かせないといけない。

 と言っても、生活指導の経験もないから、「早まったらダメだ」とかそういうことくらいしか言えないんだけどね。それでも、とりあえず木房さんは落ち着いてきた。ひょっとしたら、友達もいなくて衝動的に自殺しようとしたのかもしれない。


 15分後、僕と木房さんはカフェテラスにいた。

「何で自殺なんてしようと思ったの?」

「……私ごときが、皆様のためにある酸素を吸っていることが罪深いことのように感じられまして」

「え、えぇーっと……」

 やばい。どう説明したらいいのか分からないけど、とにかくやばい。

「大丈夫だよ。二酸化炭素の量は増えているみたいだけど、そのおかげで最近は木々の成長が早いみたいだから、いずれ酸素は増えると思うよ」

「左様でございましょうか?」

「生きていれば楽しいこともあるって。そうだ、今度僕の友人を紹介してあげるよ。服部武羅夫と言って、自称忍者の末裔の面白い奴なんだ」

「私ごときのために、ご学友を紹介していただけるなど、何て恐れ多い……」

「だからぁ」

 話しづらい子だ。

 普通はあまりに卑屈だと嫌味な感じに見えてくるけれど、木房さんに関しては本気ぽいから中々面倒なんだよね。

 と、上から音声が流れてきた。

『警察では、虐待の有無について調べるとともに~』

「げーっ!? ニュース?」

「な、何でありますか?」

「あ、ごめん」

 カフェテラスのテレビでニュースがやっていて焦ってしまった。何せ魔央は暗いニュースを聞いてしまうと世界に悲観的になって壊してしまうかもしれないからね。いや、本当に横山三国志みたいな反応を取ってしまうんだよ。

「……虐待でございますか」

 あ、ただ、目の前にいる木房さんも暗いニュースは聞かせない方がいいかもしれない。

「時方様、虐待している親って、実はすごく優しいのではないかと思いませんか?」

「えっ、何でそんなことを思うの?」

 急に頓珍漢なことを言いだしたぞ。

「何故ならば、今のまま子供が生きていても、少子化でどんどん税金も保険料も増えて苦しい生活を送り続けるだけであります。私のごとき無駄な存在も少なからず生きているわけでありまして。それでしたら、何もかもが幸せな子供のうちに冥土に送るのが親心というものではないかと思うのであります」

 暗い! 希望を奪い取るようなことを言うのは止めて!

 うん、希望?

「希望なしを……、希望なしこ……、木房……、梨子」

 まさか、目の前にいるこの自虐200パーセント少女が、負け組教の救世主?

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