破壊神vs負け犬
第1話 死を望む女
ある夜、どうやら僕は夢を見ているらしかった。
何でそれが分かるかというと、今まで一度も見たこともないような洞窟の中を何故か根拠もなく前進していたからだ。
洞窟は暗いけれど、奥の方からは光が差し込んでくるのが見えてくる。僕はどうやらその光を目指して歩いているらしい。
「……」
ま、夢の中だろうから、あまり突っ込みを入れるのも野暮だ。夢の中の本能に従い、前進することにする。
奥に行くにつれて、道は広がっていく。
更に進むと光がはっきりと差し込んできた。大きな広場のようなところがあり、そこが明るくなっている。僕は広場に出る少し手前で足を止め、様子を見た。
そこには数十人の……、様々な年齢の人生疲れ切ったという風情の男女達が集まっていた。彼らは何やら呪術のようなものを唱えている。
「何と悔しい人生だ。俺は童貞のまま、xy歳になろうとしている」
「私も負けてはいないわ。親ガチャに失敗し、以下うんたらかんたら」
「ごにょごにょごにょのもひゃー!」
場にいる全員が、世界を呪ううめき声をあげ続けている。それはシュールでもあり、恐ろしい光景であった。
「だが、我らの希望はまだ潰えていない」
「救世主! 世界全てを絶望に陥れる救世主が間もなく降臨される!」
「希望のない世界よ、全ての人間に!」
何ということだ! ここにいる連中、自分達が希望のない人生を送ってきたという恨みを、世界全員に広がることを望んでいる。
「人類負け組教の救世主! 希望なしを!」
「希望なしを!」
彼らの呪うような声はどんどん大きくなる。僕は耳を押さえて何とか聞こえないようにするが、まるで脳に直接響いているかのごとく、大きくなってくる。
「やめろ! やめてくれー!」
叫んだところで僕の意識は途絶えた。
「……はっ! あぁ、やはり夢だったか……」
僕はベッドの上で目覚めた。
やはり夢だったようだ。それにしても、何という暗い夢を見てしまったのだろう。魔央と許婚関係を締結したことから、川神先輩や山田狂恋と、とんでもないことが起き続けているので潜在意識が人生やさぐれてしまったのだろうか。
しかし、人類負け組教とは……
実際にそんな宗教があったら、嫌すぎる。
山田狂子の件が解決して三日。
その間、どうにか平穏な生活に戻りつつあった。川神先輩との観戦は土日だけだし、山田さんはチベットに修行に出かけたので当分は平和なはずである。
しかし、そんな甘い希望的観測が許されるような世界ではないことも事実だ。
新たな困難がまたやってくるのだろう。先ほどまで見ていた夢は、その暗示なのかもしれない。
この日、魔央は少し体調が悪いということで、一限目は休みたいということだった。武羅夫に伝えて、僕は一人で大学に出向く。
リムジンに乗らずに大学に来るのも久しぶりで、何だか新鮮だ。一人でいる解放感。別に自由派を気取るつもりもないけど、30分くらい木陰で休んで遅刻してみたくもなる。
「あっ、何だかおあつらえ向きに誰もいない木陰が」
校舎の裏に木陰がある。そこにちょうどサボって横になれそうなところがあった。よし、少し休んでいくか。僕は中に入り、地面に寝転がる。
春の日差しが新緑の間から漏れるように差し込んでいるが、まだ朝ということもあり、寝転がっている僕の顔にはかからない。
「あぁ、気持ちいい。本当に寝て行こうかな」
魔央や武羅夫もいないし、怖い人もいない。視界に映るのは、10メートルほど先にある木の枝に紐を垂らし、そこに首を突っ込もうとしている女子が一人いるだけ……
首吊りしようとしている女子が一人、いるだけ……
……。
「何をしているんだよ!」
僕は飛び起きて、今、まさに首を吊らんとしている女子の足を掴む。近づいて気づいたけれど、かなり小柄だ。150センチもないかもしれない。服装などを見ていると同じ大学生のようではあるけれど。
「離してくだされ! 死なせてくだされ!」
「ダメだよ! 落ち着いて! いじめられたくらいで死のうなんて思ったらダメだ!」
「いじめられてなどいませぬ! 私めは生きていても仕方ないのです!」
「だから、そんなことを思ったらダメだって! ちょっと! 誰かいないの!?」
呼びかけるけど、どうやら講義が始まってしまったらしく、歩いている人はいない。山田さんの時もそうだったけど、この大学、人気なさすぎるんじゃない!?
「とにかく、死んだらダメだ!」
さすがにこの子は先輩や山田さんのような手練れではなかったらしく、しばらくバタバタやっているうちにドタンという音を立てて、ひっくり返った。僕もその巻き添えを食らう。
「う、ううぅぅ、死なせてくだされ……」
「ダメだよ! 辛いことがあっても諦めたらダメだ! 君、名前は何て言うの?」
さすがに自殺しようとしている学生がいるなんて事実は放置しておけない。学校に報告しなければいけないだろう。
「うぅぅ、私めでございますか?
この時、僕は気づいていなかった。彼女の名前のもつ真の意味というものを。
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