第5話 特別法廷

 魔央が先導して、僕と山田さんを部屋に入れた。

「何なの、滅茶苦茶広い部屋じゃない?」

 さすがの山田狂子もこの部屋の広さには驚いているらしい。無理もない。半月住んでいる僕にしても全然慣れないからね。

 二人は食堂のテーブルに向かい合って座った。僕はたまに武羅夫やSPが座っている端の席につく。できれば、この場から逃げ出したいけれど、そういうわけにはいかないだろうなぁ。

 魔央は最高級キリマンジャロのコーヒーを煎れている。

「ショートケーキも食べます?」

「いただくわ。あと、コーヒーは甘めがいいから砂糖もいただけるかしら?」

 おま……、人を殺しに来ておきながらとる態度か? 図々しいにも程があるだろう。

「分かりました」

 魔央が砂糖を出すと、砂糖を三杯入れてかき混ぜた。何も言わずにケーキを食べて、コーヒーを飲んでいる。

 少しだけ平和な時間だ。山田狂恋も黙って見ている分にはユーチャーバーアイドルなわけで可愛いからね。

 あっ! もしかしたら、こうやってコーヒーとか飲んだりして無駄話して時間を稼ごうという作戦なんだろうか。

 魔央、ひょっとしたらものすごくできる子!?


「それで山田さん、どうして悠さんを好きになったのでしょうか?」

 さ、褒めたのはまさに一瞬。次の瞬間には、魔央の方から話を先に進めてしまった。

 何でー、何でそこで事態を進めるの!?

「あれは中学二年の夏だったわ……」

 話が進んでしまった。まあ、いい。僕も完全に忘れていたのは負い目ではあるから、一応聞いてみよう。

「当時の学校は、まさに世紀末という言葉がふさわしい状況だったわ……」

 そうだったかな? 中学時代の幾つかのエピソードは覚えているけれど、学校の雰囲気までははっきり覚えていないや。

「モヒカン頭の不良がバイクを乗り回し、『汚物は消毒だ!』と叫んで火炎放射器をぶっ放していたようなところだった。そんなところで私はいじめられっ子だったのよ」

 いや、そんな中学校はないだろう。

「しかも、同級生だけでなく、教師からも虐められていたわ」

「えっ、教師にまで。何で?」

「私がいつも携帯電話を見ていたのが気に入らなかったみたいなのよ。何度も文句を言われて、取り上げられたことも一度や二度ではないわ」

 う、うーん。

 それは虐めではなく、指導ではないかという気もするんだけど……。

「ある日、私はうっかりペンケースを忘れてきてしまったわ。もし、先生にバレたらまたネチネチと叱られてしまいそう。その時に、隣にいた時方君がペンを私の方に落としてくれたの。目が合ったら、使っていいよって言ってくれて」

 それだけ!?

 いじめから助けたってそういうことなの?

 自分のもうちょっとカッコいいシーンを期待していたんだけど!?

 ペンを落としたのは本当に偶々だろうし、山田さんが凄く「使っていいか」みたいな顔していたんだろうなぁ。それで「忘れたのかな?」くらいで多分承諾したんだろうと思うけど。

 それでここまで行く? 婚姻届突き付けらて、刃物で刺そうにして、自宅前に待ち伏せしたりする?

「その日が終わって、私はペンを返して時方君に『時方君が結婚できるのは何時?』と尋ねたら、『五年後だね』と答えたのよ。だから、この五年間、私はふさわしい女になろうと苦労して」

「ちょっと待った……、それって」

 その聞き方だと、聞いた側はクイズか何かと勘違いして、法律上結婚できるようになる18歳を基準に答えるだろう。僕と結婚するつもりなら『私が、時方君と結婚できるのは何時』って聞くべきじゃないか。

 そう異議申立てをしたいのだけど、山田さんのみならず魔央の圧も凄すぎるので言える雰囲気ではない。

 どうやら、今、僕は弁護人無し、弁明権無しの特別裁判にかけられているらしい。

「それなのに、悠さんは忘れてしまったんですね」

「そうなのよ……。ウッ、ウッ、酷すぎるわ」

「そうですね。だから、悠さん、方法を考えてください」

 えっ!? ここにきてこちらに丸投げ?

 ちょっと滅茶振り過ぎない?

 ……仕方ない。シミュレートしてみる。


① 結局は全部妄想でこちらの知ったことではない。山田狂恋を放り出す。

 理想的な解決策である。多数の武器をもつ彼女を放り出すことができれば、だが。

 現実的には極めて難しい。どう考えても銃器+脇差コンボには勝てそうにない。僕ができるのは世界が滅んだ時にやり直すだけで、僕が殺されてもどうにもならない。よって、この選択を取ることはありえない。


② 怖いので山田狂恋の狂った愛に応えて、魔央を放り出す。

 僕の平和は完全になくなるが、命は助かるだろう。下手すると、魔央や武羅夫よりボディガードとしては頼れるかもしれない。

 ただし、魔央を放り出すと自分の家族、自分の故郷、自分の国と全部が敵に回る。

 そこまでして生きる人生にどれほどの価値があるのか。哲学的な問題が待ち構えている。


③ 現実を受け入れる。魔央と山田狂恋と三人で住む

 そうか! これが答えなんだ!

 魔央は山田さんのことを気に入っているみたいだし、山田さんが魔央を認めれば、僕は二人とハーレム生活でウハウハ、みんな勝者だ!

 そんなわけない。

 ストレスが二倍になって1年で50年くらい老けそうだ。


 とはいえ、現状は③を少し変えた妥協案しかないのかもしれない。

 これだけ広い部屋だから一週間くらい共同生活してみない? それでお互いを見極めてみましょうよ。

 これしかないな、うん。

 山田狂恋も一緒に生活しているうちに飽きるだろう。今は理解不能なほど燃え上がっているけれど、大きな炎ほど燃え尽きるのは早いはずだ。ユーチャーバーという趣味もあるのだし。

「そうだね。僕としては……」

 提案しようとした瞬間、電話が鳴る。

「うん? 武羅夫かな?」

 と、携帯を取り出した僕は、『川神先輩』という表示に凍り付く。

 何で一番面倒な時に、面倒な人が電話をかけてくるんだ?

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