第4話 決着は最上階で
さすがに世界的暗殺者に狙われるかもしれないなんて思うと、気が気でならない。その日の残りの講義の間、ひたすら砂を噛むような感覚だった。教授が何を言っていたのか、全く記憶にない。
終わった後も、武羅夫達は慌ただしくしている。
「俺は警視庁に行って情報を整理する。二人は先に戻って、絶対に外には出ないように」
「分かった」
ということで、リムジンに乗って帰ることになる。
「大変なことになりましたね」
魔央がのんびりとした口調で話しかけてきた。
「でも、本当に山田さんのことを、覚えていないんですか?」
「覚えていないよねぇ……」
「悠さんって、私と羽子板したこともほぼ忘れていましたよね?」
「うっ」
今、そこを突いてくる?
もしかして、山田さんのことを忘れている僕にも責任があるみたいなことを考えているのだろうか。
「忘れていたとしても、もう少し相手を傷つけない方法があったんじゃないでしょうか?」
「いや、違う。違うんだよ……」
確かに、僕に責任が全くないとは言えないかもしれない。
しかし、山田狂恋のやり方はそんな次元ではないんだ。
「山田さんに希望をもたせたら、速攻拉致されて強制結婚だよ……。それでもいいの?」
「そこはまあ、話し合いで何とか」
魔央、なんて甘すぎる子!
山田さんは独裁国家とかそんなレベルすら生ぬるい存在なんだ、飢えたライオンに対して会話で解決しようというようなものなんだから。
リムジンはマンションに着いた。念のため辺りを警戒していると、魔央が「恐れすぎじゃないですか?」とクスクス笑う。
まあ、確かに魔央は破壊神だ。その気になれば……ならなかったとしても、簡単に世界を滅ぼすことができる。それに僕達は日本政府をはじめ、世界中が味方してくれている。
一方の山田狂恋にはどう逆立ちしても世界を滅ぼす力はないし、登録者が多数いるとはいっても、一ユーチャバーの域を出るわけではない。
そうだ、落ち着こう、僕。彼女にはそんな力はないんだ。
エレベーターが最上階についた。部屋に入ろうと出たところで、思わず足が止まる。
「随分といいところに住んでいるのね……」
「や、山田さん……、どうして、ここに?」
何故か昔のぐるぐる眼鏡をかけている山田狂恋がいた。手には先ほどの脇差が握られている。
というか、何でここにいるわけ!?
SPは何をしているんだ?
「護衛はいないわよ……。みんな、成田空港に向かっているはずだから……」
成田空港?
あ、もしかして、世界的暗殺者の何とかのことか?
「さすがに貴方を殺してもらうだけのお金はないから、彼には成田空港まで来てもらっただけよ。それでも護衛は全員つられたみたいね」
な、何て役に立たない連中なんだ。
「や、山田さん」
と、魔央が前に出た。
「私、黒冥魔央と言いまして、悠さんと婚約しています」
うわっ、「婚約」という言葉に反応して眼鏡が鋭く光った。
「山田さんのことは、悠さんと服部さんから聞きました。事情を……」
という言葉は、山田さんの大笑いにかき消される。
「いいわねぇ! せっかくだから、貴女も殺してあげる!」
そうだよなー。やっぱりそういう展開になるよなー。
「魔央を殺したら、君もタダでは済まないぞ!」
というか、世界自体が大変なことになるぞ。
案の定、山田さんはまるで動じるところがない。
「だから何? 貴方を殺して、私も死ぬの。人の裁きなんていらないわ」
そう言って、恍惚とした顔で空を見上げる。
「貴方を殺して私のものに……、その至上の降伏とともに、私は死ぬのよ。ウフフフフ」
高笑いが始まった。これはダメだ、もうどうしようもない。
あぁ、このまま僕は彼女に殺されるのか。何だかよく分からない人生だったなぁ。
「ですが、悠さんは貴女のことを完全に忘れているんですよ! それを思い出させずして殺してしまっていいんですか?」
魔央の指摘に、山田さんがピタッと止まる。
「悠さんは自らの罪を自覚せずして死んでいく。それでもいいんですか!?」
あ、あのぅ、魔央さん?
何だか、僕が悪いことをしているように聞こえるんですけれど。
山田さんは眼鏡を取って、フッと息をかけた。鞄に手を突っ込み、拳銃を取り出した。それをエレベーターに向けてドカンと放つ。
「……これで護衛が戻ってきたとしても、すぐには来られないわ」
銃まで用意していたのか。
何で銃まで用意していながら、さっき刃物で刺し殺そうとしたんだろう、とどうでもいいことを考えてしまう。
「……貴方を私のものにするのだから、直接死を実感できる方がいいじゃない。引き金引いても殺した気にはならないわ」
おま……。
もしかして、前科あるんじゃないの?
今の銃捌きもめっちゃ手慣れたものだったよ?
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