破壊神対ヤンデレ

第1話 その女、山田狂恋

 嵐のような野球観戦から2日が過ぎた。

 川神先輩は二日酔いが酷かったようで、昨日今日と見かけていない。もっとも、熱狂的の度を超えたファンのうえに、聖女とかいうややこしい存在ともなると、あまり顔を会わせたくはないという思いはある。

「それじゃ、行こうか」

 ということで、本日も朝からリムジンで通学する。これで目立つのは中々慣れない。

「はい、はい。皆さん邪魔しないでねー」

 ただし、武羅夫やSPが人を捌く能力は日を追うごとに上がってきているようだ。この日はすんなりと校内に入ることができた。

 1限目の中国語に出ようと思った時、不意に女の子から声をかけられた。

「時方君」

「うん?」

 振り返ると、ツインテールの髪型の綺麗な女の子がいた。

 どこかで見たことあるようにも思ったけれど、特別知り合いでもない。多分聞き間違いだろう。

「今日の昼はどこで食べようかな」

「時方君」

 武羅夫に話しかけようとしたところで再度声をかけられた。

 どうやら本当に僕に用があるらしい。

「僕を呼びました?」

「はい。時方悠君ですよね?」

「確かに時方ですけれど、君は?」

 というと、彼女はどこか誇らしげな顔をして一枚の写真を出してきた。そこには渦巻眼鏡をかけたお下げの女の子がいる。有体に言うと冴えない女の子だけれど、一体誰だかさっぱり分からない。

「分からないですか?」

 うっ、何か責められるような口調だぞ。これは、少なくとも写真の子との間には接点があるんだろうな。で、わざわざこんな写真を見せてくるということは、「あの後、私、こんなに綺麗になりました!」的なパターンなのかもしれない。

 魔央と武羅夫の二人には先に行ってもらい、写真の女の子のことを思い出すけれど思い出せない。ただ、まあ、普通に考えたら中学か高校の同級生だろう。

「あ、そうだ! 久しぶりだね。確か……、山田さんだっけ」

 実は全然思い出していないけれど、とりあえずこれで誤魔化してしまおう。

 と、彼女の顔がパッと明るく輝いた。

「覚えていてくれたのね!」

 あれ、山田さんで会っていたのか。しかし、僕は全然覚えていないんだけど、覚えられるようなことをしたんだろうか?

「う、うん……。随分久しぶりだね。元気だった?」

「はい。私、あれから頑張って美容に励んで、今ではユーチャーブにもデビューするくらい前向きになりました」

 あ、顔に見覚えがあるのはそれか。最近流行のユーチャーブの有名人として、出ていたかもしれない。ただ、彼女の顔に見覚えがある理由は分かったけれど、僕との接点は未だに分からない。

 僕が誤魔化して、彼女も明快な回答を出してくれない展開が続いている。

 と、ようやく山田さんがヒントらしい言葉を口にした。

「私、時方君と同じ大学に行きたくて、二人とも合格したと知った時にはもう嬉しくて嬉しくて……」

「あ、そ、そうなんだ……」

 えっ、この山田という人、どうやって僕の進路を知ったわけ?

 もしかして、武羅夫達と同じSPか何かなんだろうか? あ、ひょっとしたら、部屋の掃除とかを手伝ってくれるとか?

 僕が山田さんの顔を眺めると、彼女もフフッと微笑んだ。

「ユーチャーブで稼いだ700万円を投じて、私立探偵を使って調べてもらったのよ」

「……」

 あ、こいつ、あかん奴だ。

 明らかに関わったらいけない人だ。

「そ、そうなんだ。あ、僕、そろそろ授業があるから」

「待って!」

 山田さんに思い切り腕を掴まれる。

「その前に、これにサインをお願いしたいの?」

「えっ、サインって僕の?」

 私立探偵の次はサインって、何なんだろう、一体。僕、アイドルか何かと間違えられているのだろうか?

 ただ、サインをしないことには解放されそうにない。渋々サインしようとペンを取り出したところで、彼女の出した紙を見た。ほぼ同時に目が点になる。

「って、これ、婚姻届じゃないか!」

 妻の欄には『山田狂恋やまだ きょうこ』とある。で、夫の欄は氏名のところだけ空欄で、他は全部記入してある。住所と生年月日はもちろん、本籍地や両親の名前まで。

 背筋が寒くなってきた。

「えぇ、私、この四年間、貴方と生活することだけを夢見て、前向きに生きてきたのよ」

「い、いや、僕は特にそんなことを思ったことはないんだけど……」

 彼女が婚姻届を持ってにじり寄ってくる。

 僕はジリジリと後ずさりするしかない。

 い、一体何者なんだ? 

 この山田狂恋という女は!?

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