第17話 恐怖の野球観戦⑥

「い、今のは一体……?」

 先輩は浄化の光が消えてしまったことに明らかに戸惑っている。

「何か一瞬だけ、世界がものすごいことにならなかった?」

 やはり気づいていたのか。先輩の真の目的が分かり、僕達も腹をくくる。

「はい。だけど、僕には、いや、僕達には世界を救う力もあります」

 そう、魔央が世界を滅ぼす存在なのは確かだけれど、それを何とかする存在として僕がいる。魔央の破壊神的な部分は仕方ないけれども、だから即座に世界は破滅するわけではないことを理解してほしい。事実、今、一回世界は滅亡したけれど再生したのだから。

 力強く答えて、先輩の返事を待つ。

「……うん? 世界を救うって何のこと?」

 先輩はこれ以上ないほどあからさまに首を傾げた。

 えっ? 

 まさかとは思うけれど、ここに至って、実は詳細を理解していない?

「先輩、魔央の何を浄化しようとしていたんですか?」

「えっ、それはあれよ。魔央さんって、タッチダウンとか言うあたりサッカーとかフットボールが好きな人なんでしょ? ギガンテスとかトラーズを応援するなら許せるけど、別の競技を応援するような人は浄化しないとね」

 先輩の回答に、地面が崩れ去るような錯覚を覚えた。

 つまり、先輩が重々しく言っていたことというのは、サッカーファンぽい魔央を野球ファンにすることで、それが浄化するということなのだろうか。

「……先輩って、神聖な家の生まれなんですよね?」

「そうよ。あまり考えたことはないけど、実は聖女らしいわね」

 ものすごく自信満々に言っているけれど、好きな競技が違うからって相手を浄化するような、分断主義の聖女……。嫌だなぁ。

「私、スポーツは全く分からないんです……。田舎で家庭教師から教わったり、一人で音楽を勉強したり、呪術を通り一遍習ったり」

 魔央が回答する。僕も確認していなかったけれど、呪術も学んでいたわけなのね。やはり呪い屋本舗だけのことはある。

「うん? 田舎で黒冥家……。まさか!? あの、呪いの名家の?」

 唐突に先輩が驚いた。自称聖なる一族出身なので、そういう対抗する相手のことは知っていたのだろうか。その筋では有名な家庭なのね。

 でも、聖なる一族対呪術一家というと、かなり仲が悪そうな感じだな。

「……魔央さん、もしかして、藁人形とかで誰かに呪いをかけたりすることはできるの?」

「それはダメですって!」

「何で!? 村神とか岡原とか潰したら、ボイスターズがクライマックスシリーズには行けるじゃない!」

「相手チームを潰すようなことを望むのはアカンすよ!」

 自分で聖女と言うような人が、相手チームの主力に呪いをかけるよう頼むつもりなんてどういう了見なんだ。

 あ、そういえばゴタゴタしていてすっかり忘れたけど、試合はどうなっているんだろう。と思って見たら。

「あれ、いつの間にか1点差?」

「えっ、そうなの?」

 六回裏の攻撃がまだ続いていた。ウチのホームランの後、連打が続いたらしく1点差まで詰め寄り、二死三塁の状況だ。ヒットが出れば同点になる。

「うぉーっ! 打て、武蔵ぃ!」

 先輩はらしい形に戻った。ウザいけど、今はこちらの方がいいだろう。僕と魔央も「かっ飛ばせ、武蔵!」と声援を送る。

 運命の五球目、武蔵が打った当たりはボテボテのショートゴロだ。

「うわぁぁ!」

 先輩だけでなく、僕も頭を抱える。ショートの平本が簡単にボールを取ろうとした瞬間。

「えっ!?」

 ボールがポーンとレフト線に跳ねていった。平本は唖然としている。僕達も完全に唖然だけれど、ボールがレフト線を転がっている間に三塁ランナーが生還、同点になった。

「先輩……」

「あ、あたしのせいじゃないわよ!」

 先輩が真剣に言い訳している。

 改めて見ると、どうやら、さっき世界を滅ぼして、再生した時に一部の地割れが直らなかったらしい。それがまさに横浜スタジアムの二塁付近の一部に残っていて、ボールが地割れ部分に当たって変な方向に転がったらしい。

 ということは、この一点は三人の共同作業ということになるのだろうか。


 時計は午後十時半を回っていた。

 六回裏に同点になった後、お互い点を取ることができないまま十二回引き分けという結果になった。

 僕達はビールを飲んでふらつく足取りで駐車場まで案内され、リムジンに乗って東京へと戻る。

 当然、先輩も一緒だ。九回以降更に酒のペースが進んで完全にへばっている。

「野球の応援って、大変なんですね」

 魔央が戦死状態の先輩を見ながら、しみじみと口にした。

 いや、そういうものではないと思うんだ。先輩が特殊なだけで。

 ただ、どんな競技にしても命を賭ける応援団がいるのも事実である。先輩のこの姿はオリンピックやワールドカップの誰かの姿なのかもしれない。

「結局、二回、ストックがなくなったな」

 と語るのは武羅夫だ。

 お前がもう少し役に立てば一回で済んだと思うよ、と言いたいのも山々だが、それはさすがに言わないでおく。

「今後の観戦について、明日までに考えておくよ」

 好きな観戦に、世界の存亡がかかるのは耐えられない。

 身近な関係者がそこにドカドカと押し寄せてくるのはもっと辛いから。

 いや、本当に。

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