第16話 恐怖の野球観戦⑤

「せ、先輩……?」

 恐る恐る先輩を見ると、大きく深呼吸をしていた。

 一瞬キレそうになったけれど、相手は後輩だからそこまで怒るのも大人げないと落ちつこうとしているのだろうか。

 なんてことを思ったのは、もちろん、甘かった。

「黒冥魔央さん、貴女には違和感を感じていたわ」

 うん? さっきまでと調子が違うぞ。

「聖なる一族の血が反応している。黒冥魔央、貴女から感じる禍々しい気配を……」

 あれ、何かおかしなことを言いだしたぞ。元々おかしなことを言っていたじゃないかと言われれば返す言葉もないけれど、急にノリが変わってきた。

「えっ、もしかして」

 何か知っているのか、武羅夫!?

 って、思わず男塾のノリになってしまったけれども。

「いや、川神聖良って、名前の真ん中が神聖で痛いなぁって」

 痛いなんて言うなよ。でも、言われてみれば、そうだった。ここに来ての思いつきじゃないぞ、一話目からちゃんとそういう名前だから。

 えっ、でも、もしかして、先輩って本当に聖なる一族?

 そう思ったら、気のせいか先輩の身体が光っているような気がしてきた。

「あ、あの……?」

 魔央も空気が変わったことを感じたらしく戸惑っている。


「せ、先輩、ウチが二本目のホームランを打ちましたよ! 気づいたら4点差です。まだ可能性はありますよ」

 おぉ、武羅夫、ナイスフォロー。

 ちょっと不穏な展開になってきたから、ここは野球に戻った方がいいかもしれない。

「関係ないわ」

 何ぃ!? さっきまでと言っていることが全然違う!?

「今は魔央さんを浄化することが先決よ。試合に戻るのはそれからでも遅くないわ」

 これはまずい。どこまで確信しているのか分からないけれど、先輩は魔央がこの世のものならぬことに勘づいている。

「悠、魔央ちゃんを連れて逃げろ! うわあ!」

 げっ。武羅夫がワンパンでのされた?

 忍者の末裔のくせに弱いな! いや、先輩が強いのか?

「魔央さん、そこに大人しく座っていなさい。一瞬で終わるわ」

 お、おぉぉ。何か本当に輝き始めた?

 何をするつもりなんだ?

 僕は素早くシミュレーションをする。

 まず、この展開だけど、ひょっとして先輩が酔っぱらっているとかで殴ったり何かする可能性がある。この場合はまだいい。いや、よくはないけど、魔央がびっくりして一回世界を滅ぼすくらいで終わるはずだ。

 しかし、先輩が本当に聖女か何かで聖なる力で魔央の力を直接削ごうとした場合はどうなるのだろう。

 本当にそんなことができるなら、こんな素晴らしいことはない。ただ、正直、それは難しいように思う。

 魔央は日本政府をはじめ、世界の要人達まで怯えるような存在だ。先輩は多分そういう人ではないだろう。中途半端に魔央を刺激した場合、最悪完全覚醒から世界滅亡十六連射とかが発動するかもしれない。そうなったら終わりだ。

 やはり、ここは先輩を止めるしかない。

 いや、でも、武羅夫がいないのにどうやって?

 先輩を止めに行くのはどうも無理ぽい気がする。武羅夫が一撃で倒されたことを含めて、先輩には謎な部分が多い。となると、どうにか意図を掴みに行くしかない。

「先輩、魔央が何だっていうんです?」

「そうね……。言うなれば、彼女は作られた災厄というところかしら?」

 むむっ、理解しているっぽい?

「だけど、日本政府も含めて世界がバックアップして」

 あ、ちょっと言いすぎてしまったかな?

「それが余計にまずいのよ」

「えっ、まずい?」

 ま、まあ、確かにここまであまり有効な手を打てていない気はするけれども。

 封印の刻印にしたって、もっと別の方法とかなかったのかという気もするし。

「あの連中に任せたままだと世界が滅茶苦茶になってしまうわ」

「……それなら先輩に任せた方がいい、と?」

 本当だろうか?

 首相その他も微妙に信用できないけれど、ここで先輩に任せるのは違う気もするなぁ。

 と、ツンツンと背中を突かれた。魔央が小声で囁いてくる。

「悠さん、もしかしたら、川神先輩は私達を試そうとしているのではないでしょうか?」

「試す?」

「はい。世界を救えるのかどうかということを」

 ああ、なるほど。確かに先輩は、魔央については理解しているようだけど、僕がその歯止めとしているということまで理解していない可能性があるな。

 滅亡したら終わりじゃなくて、四回まで大丈夫だと理解したら、態度が変わってくるかもしれない。

「……一度救ってみたら、分かってもらえるのではないでしょうか?」

 救うということは、一度滅ぼすということ?

 一度滅ぼしてやり直して、事態を打開するって、何だかリセット技みたいだけど、使うべきなのだろうか?

「浄化の光よ!」

 まずい。何かやりだしそうだ。

「もういい、魔央、やって!」

「は、はい!」


 浄化の光が空から降り注ぐよりも早く、大地が割れた。地球は全ての力を振り絞って、世界中の火山からマックスの力で噴火させる。溶岩が世界中を熱し、一瞬の灼熱地獄が展開された後、一転して火山灰が空を覆い、地表は極限まで寒冷化されていく。地球は全てのエネルギーを使い果たしたので、もう温まることはない。

 世界は滅亡した。


『世界を救いますか?』

『▶はい いいえ』

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