第15話 恐怖の野球観戦④

 3回まで終了した。

 2回にネタフリ・ウチの2ランホームランが出たものの、3回表に平本知人に2ランを打ち返されてここまで9-2。7点のリードを許している。

 そんな展開だから、球場全体の雰囲気も(ギガンテス応援団のいるレフト側を除いて)暗い。

 もちろん、特別スイートルームの雰囲気も非常に重苦しいものとなっている。

「なあ、悠」

「何だ?」

 武羅夫が手招きしてきたので後ろに下がる。

「魔央ちゃん、寝てしまっているし、俺が連れて帰ろうか」

 なるほど。その手があるか。

 魔央と武羅夫はおまけみたいなものであるから、帰ったとしても先輩も文句はないはずだ。魔央もこんな状況でぼんやりしているなら家でゲームでもしていた方がいいだろうし。 

 武羅夫とともに帰すということで『友人とはいえ、酔った許嫁を預けてNTRれたらどうするんだ』みたいな話もあるかもしれないけれども、正直魔央にはほぼあてはまらない。仮にそんなことをしたら世界を敵に回すことになるし、最悪その場で世界が完全に滅ぶからねぇ。

「分かった。頼む」、「了解」

 と、武羅夫が魔央を背負おうとした途端、先輩がメガホンを投げてくる。

「貴様!? どこに行くつもりだ?」

「えっ、あ、いや、魔央ちゃんが寝てしまったので、家まで送った方がいいかなぁと」

「ならぬ! このような試合だからこそ、我々は最後の一兵まで戦わなければならないのだ! 敵前逃亡など、言語道断!」

 イカれた軍隊指揮官みたいなことを言い出した!?

「川神先輩って、こんなに狂った人だったのか?」

「あ、いや、まぁ……」

 魔央のことがなければ、僕もノリもあるとはいえ近い感じであるのは否定しない。今は世界を背負うという変なことがあるので、常識的に考えざるを得ないわけだけれど、そもそもスポーツ観戦は非日常を楽しむものだし。

 ただ、魔央だけは帰したいので、ここは穏当に頼んでみる。

「先輩、魔央は初観戦ですし、疲れてますから帰らせてくださいよ……痛っ!」

 強烈なハリセンの一撃が待っていた。

「私は悲しい! 私が尊敬していた時方悠はどこに行ったのだ? 9回に14点リードされていても勝利を信じて疑わなかった君はどこに行った? 試合前から『僕、この試合が終わったら彼女とイチャイチャするんだ』と負けフラグを立てているから、これだけ失点を積み重ねてしまったのだ!」

 大量失点の戦犯にされてしまった!?

 このまま先輩をヒートアップさせると、またぞろとんでもないことを言い出すかもしれない。そして、何故かそのタイミングのみ魔央が気が付いて、また世界が滅ぶんだ。パターンが読めてきたから、ここは逆らわないが吉と見た。

 この試合に集中するのはお互いにとって精神衛生上良くない。そういう時にはどうすればいいのか。若手の話題に逃避するのが吉なのだ。

「先輩、最近、大園君の練習とか見に行っています?」

 去年のドラフト一位の高校生投手の話題に切り替える。

「うん? あ~、最近二軍の練習あまり見に行けていないのよね~。ネットではチェックしているけれど」

「コンビ組んでいた松山君はもう試合出てますし、早く上がってきてほしいですよね」

「ポジション違うからね」

 よし、話題を変えることに成功したぞ。このまま試合終了まで若手の話題を七、他競技の話題を二、この試合を一くらいで流していけば、生存ルートにたどり着けるはずだ。

「ふわ~」

 と、後ろから欠伸が聞こえてきた。

「ちょっと寝てしまいました。すみません、コーヒーでももらえますか?」

 魔央がいつの間にか起き上がり、ルームサービスでコーヒーを頼んでいる。どうやらひと眠りして酔いが醒めたらしい。

「試合って、どうなっているんですか?」

 無邪気に残酷なことを尋ねてくる。

「今、5回が始まって10-3で負けているね」

 おっと、話題を変えて試合から逃避しているうちに両方1点ずつ追加したのか。

 不愉快な話であるけれど、点差自体は事実だから、先輩もここでは何も言わない。

「ということは、タッチダウンで同点でしたっけ?」

「それはアメリカンフットボール。野球はそんなに点が入らない」

「あ、そうでしたっけ」

 魔央はそう言って、ナチュラル破壊神なセリフを吐いてしまう。

「じゃあ、今日は負けるってことですね?」

 ピキッと、何かにヒビが入る音が聞こえた。

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