第14話 恐怖の野球観戦③

 30分後、川神先輩がやってきて、部屋には4人となる。

 SPが一人入りたがっていたものの、先輩に怪しまれることになってはいけないということで外での待機となった。

 試合開始までの時間、特別席だけあってシェフの食事が運ばれてきて、更には登板しない先発ローテーションの古永投手までやってくる。

「今日は応援に来てくれてありがとう!」

 と握手して言ってもらえるのは、もし先週までであれば夢のような時間だ。

 しかし、今はそんな気楽なことは言っていられない。

 目の前では、MAOと入った特別ユニフォームに古永投手がサインを入れてくれて、それを魔央にプレゼントしている。魔央も上から着込んで、マスコットに「可愛い」と言ってもらって悦に入っている。

 いや、もちろん、可愛いんだけどね。

「今度、僕が投げる試合にも見に来てくれるとうれしいな」

 と古永投手に言われて、魔央はすっかりその気になっている。ということは、最低あと一回は来なければいけないのか?

「そういえば黒冥さんって発音的には魔王にもなるのね。うちが優勝した時には大魔王がいたっていうし、魔王が応援してくれるというのは縁起がいいんじゃないかしら?」

 先輩も武羅夫と同じようなことを言っている。

「というより、何で魔央って名前になったの? パタリロの作者の影響を受けているの?」

「それは魔夜峰央さんだろ」

 いや、だから最初と最後を取って。

「何だかよく分からないんですけれど、魔王くらいで済んでくれればいいなという意味も込めてつけたという風には聞いています」

 なるほど。魔王くらい、ね。確かに魔王なら、もうちょっと世界を滅ぼすのに苦労しそうだものなぁ。魔央は握力自慢がリンゴを握りつぶすくらいの勢いであっさりと潰してしまうものね。

「魔王くらい……?」

「まあまあ」

 軽く疑問を抱いた先輩に、武羅夫がなあなあで済ませようとしている。幸い、サンドウィッチとビールが運ばれてきたので先輩の機嫌は直った。

 というか、いいのか? ビール飲んで。僕達、全員未成年だぞ。いや、もちろん、なあなあの世界で飲んだりはしているけれども、ここは年齢確認とかしているんじゃないのか?

「……どうやら首相の指示らしい」

 武羅夫が小声で囁きかけてきた。

「は、何で?」

「魔央ちゃんがいい気分になって寝てくれれば、何も起きないという算段だ」

 ああ、酒で潰してしまおうというわけね。いや、女の子を酔い潰すというそういう発想を仮にも日本のトップがしていいのか。

「ただ、そうなってくれれば確かに楽だ」

 うん。まあ、泣き上戸とか怒り上戸とか聞いたりするけれども、酒を飲んで世界を破滅させたいとは思わないのかな。いや、確信は持てないけど。

「カンパーイ!」

 ということで、試合前から飲み始める自堕落した集団と化す。いつもは財布が心配だけれども、今日はその心配がない分、気兼ねなく飲める。仮に酔っぱらっても帰りもリムジンだし。

 とはいえ、この調子で飲んでいたら試合終了までどれだけ飲んでしまうことになるのだろうか。


 と、いつの間にか両チームのスタメン表が置かれてある。こういうところだと、スタジアム内の発表より早く知ることができるんだね。ただ、スコアボードを見ながらスタメン紹介に手拍子するのも個人的には好きなんだけれど。

 ギガンテスの先発は宇賀野か。最近はやや調子を落としているけれど、どうなんだろう。偶々とはいえ相手がエースというのは幸先が悪いなぁ。


 試合開始前。

 魔央はビールを二杯飲んで、少しうとうととしている。このまま寝てくれれば、首相の作戦は成功なのかもしれない。

「うぉらー! 三振よー!」

 一方、先輩は酒を燃料と変えるタイプで、気合が入っている。ただ、幸い部屋が広いから前の方に行ってくれると、魔央との距離は開く。いきなり驚かせて世界を滅ぼすなんていうことはなさそうだ。

「おまえ、一応、前行っておけよ。魔央ちゃん目覚めたら合図するから」

「了解」

 魔央とは違う意味で、先輩も一人にしておくと危ないタイプだ。前のガラス近くまで移動して、メガホンを振る。


 試合が始まった。

 先発のロドリゴにまずは期待……、いきなりヒットを打たれた。それを皮切りにエラー、四球、連打、ホームランと見るもおぞましい展開が繰り広げられる。

 気づけば打者一巡。スコアボードに6と入っている。

 更に一番の吉山にフォアボールとなったところで早くもピッチャー交代。代わったピッチャーが二番の角にツーベースを打たれて7点目を取られた。

「あははは……」

 乾いた笑い声にギョッとなって左側を見た。先輩はもう笑うしかないと思っているのか口元は笑っているが、目は全くそうでないのが不気味だ。

 とはいえ、とりあえず付き合うしかない。

「あ、あははは。もう笑えてきますよねぇ」

「ウフフフ、本当よねぇ」

 特別スイートだから不機嫌さがいつもほどではないのだろうか。

 そんなはずはない。こういう展開ってどこかで見たことないだろうか。例えば『ジョジョ』の岸部露伴と東方仗助のチンチロリンの時、とか。

「ちくしょー! こんな世界なんか、終わってしまえ!」

 どわー! 先輩がキレた。

 その瞬間。

「ハーイ! 終わらせまーす!」

 魔央が半身を起こして片手をあげている。

「何でー!」

 僕は頭を抱え、短絡的な酔っぱらい計画を呪うしかなかった。


 横浜発、熱き星が小惑星地帯を抜けてユカタン半島に衝突した。

 かつて白亜紀に大量絶滅を起こしたがごとく、巨大な津波が世界中を破壊し、更に爆発の塵は大気を覆い、極寒の時を迎えることになる。

 世界は滅亡した。


『世界を救いますか?』

『▶はい いいえ』

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