第13話 恐怖の野球観戦②

 絶望的な状況だけど、僕達は横浜に向かうべく、地下駐車場へと向かう。

 武羅夫はエレベーターに乗っている間、「何があるか分からないから」と一応、首相に連絡している。

「それがユニフォームなんですね」

 唯一上機嫌な魔央が、僕のユニフォームを興味深そうに眺めている。

「スタジアムについたら、魔央の分も買ってあげるよ。外野席はみんな来ているから、来ていないと仲間外れ感があるからね」

「分かりました」

 ……まあ、買ってあげると言ったけれど、実際の金は武羅夫が出すんだけどね。引いては回りまわって税金から出るのだろうか。税金で特定チームのユニフォームを買うのはあまり良くないことなのかなと余計なことも考えたりする。

「ゲッ。こっちで行くのか?」

 駐車場に用意されていたリムジンを見て、思わず怯んでしまった。

 こんなもので球場まで行ったら、「一体どんなVIPが来たんだ?」と思われてしまわないだろうか?

「何を言っているんだ。お前達は世界でも指折りのVIPだろ。魔央ちゃんが『会いに来い』って言ったら、ジェイデン(アメリカ大統領)だってグーチン(ロシア大統領)だってすぐに飛んでくる」

 そうか、そういうものなのか。

 僕達は結構大したものなんだな。核兵器以上にやばい存在として捉えられているのだろうけれど……。


 車の中で、僕はチームの説明をする。

「僕と先輩が応援しているのは、横浜ボイスターズと言って、実は最後に優勝したのは僕達が生まれる前のことなんだよね」

「へえ」

「その時は、大魔王と呼ばれたピッチャーがいて、機関銃打線と呼ばれてヒットが続く打線だったんだ」

 非強豪チーム応援のあるある。自分が生まれる前のことでも、さも見てきたように話すことができる。むしろ、なまじ見てない分、成績とかの数字はきっちり覚えていたりする。

「大魔王がいた時のみ勝ったチームなら、破壊神が応援しにくると調子良くなるかもしれないな」

「おまえは黙っていろ」

 武羅夫はうまいこと言ったつもりなんだろうが、全然笑える状況じゃないよ。

「こういうのって、勝ったらゲンを担ぐっていうけれど、今日勝ったらまた行くつもりなのか?」

「むむっ……」

 応援あるある。チームが勝った時と同じことを翌日もしがちである。

 とはいえ、毎日魔央と一緒に行くというのは中々辛い。

 これまた非強豪チームの応援あるある、ファンは「チームが優勝するなら死んでもいい」という。いや、みんな、その時は本気で言っているのだと思うよ。川野も時々言っている。

 しかし、実際に死という選択肢を突き付けられた状態で、そんなことが言えるかというとまた別の問題だ。そもそも、優勝するしない以前に、一週間後に世界が存続しているかどうかすら分からない状態なのに。


 そんなこんなで横浜についた。

 球場の前にリムジンがついて、SPが配置されたうえで降りる。周りはざわめいているけれど、どうやら首相が連絡したのだろう。球団の方は了解済らしい。スタッフが何人かかけつけてきて、「こちらです」と案内してくれる。

「えっ? ここって」

 専用ゲートから入って、高級そうな仕立ての廊下を歩いて向かった先は、ゆったりとした部屋だった。

 まさかのスイートルーム観戦?

 これは凄い。

 あ、ただ、先輩をどうしよう? 放っておいたら、後で僕が個人的に殺される可能性がある。

 仕方ない。電話で説明しよう。

「もしもし、先輩?」

『あら、遅いわね。何をやっているの?』

「いや、今日はライトスタンド以外のところから観戦しようかな~と思っておりまして」

 電話の向こうでバキッと何かが折れるような音がした。怖えぇ。

『貴様、今、何と言った?』

 やばい。世界が終わるより先に、僕の運命が終わったかもしれない。

「もう一人、連れてきてもいいみたいですよ」

 絶望的な状況で魔央が助け船を出してくれた。職員の人がにこやかに笑っている。

「と、特別スイートが取れたんで、先輩もたまにはここから観戦してみないですか?」

 しばらく無言。

『もしかして一試合20万は下らないっていう、あの特別スイート?』

「そうなんですよ! 偶々取れてしまって、たまにはライトスタンド以外のところもいいんじゃないかなって」

 ここで先輩が「応援は外野席でするもんじゃ! スイートで見るような軟弱者には用はないわ!」とか言われたら、もう仕方ない。魔央と別の大学に転入して逃げるしかない。

 幸い、そこまでの硬派ではなかった。

『分かったわ。どこに行けばいいわけ?』

「近くにいるスタッフの人に『黒冥家で予約していると思いますけれど』と言えば大丈夫です」

 説明が終わり、電話を切って思わずソファに倒れ掛かる。

 世界がどうなるかは分からない。

 だけど、さしあたり僕の命は確保された。

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