第10話 新しい生活⑤

 僕達を乗せたリムジンは大学の駐車場へ堂々と入っていく。

 何ていうか、もうちょっと、遠慮することはできないのかな。これだけ目立ったら、それこそ何かのターゲットになったりしない?

「知らん。文句があるなら」

 ああ、分かったよ。首相とか黒冥家に言えってことなんだろ。

 ともあれ、SP達が学生を駐車場の外に追い出して、僕達は車を降りた。遠目からヒソヒソ声で話をされている様子が気になる。明日から変装した方がいいかもしれない。


 大学に着いたけれど、授業の前に理事長室に向かう。

 今日は理事長と、僕の両親だけだ。黒冥家の人達はどこにいるんだろう?

「今後の予定だけれど、6月に結婚式を当大学の教会で挙げることになっている」

「それ自体はいいんですけれど、もう少し大学内での生活を楽にできないものでしょうか?」

「うーん。確かに大変だろうけれど、警護を怠って何かがあると困るからね。しばらくの間は我慢してくれ」

 と言われると、嫌とも言えない。


 時間割については警護の関係上、僕と魔央とで全く同じ講義を受けることになった。今日は3限からなので、理事長との話が終わってからしばらくは時間がある。

「時方君!」

 来ました、川神先輩が。何か、こう、見るからに楽しそうな顔をしている。

「何なのよー、すごい車で行き来して」

 と話しかけてきて、隣にいる魔央の方を見た。二人の視線が絡み合い、魔央が「お、おはようございます」と頭を下げる。先輩はポンと手を叩いて、少し近づき小声で。

「もしかして、この子、時方君の許婚とか何かなの?」

「えぇっ、分かるんですか?」

「それはまあ、いきなりあんなごつい車で来るようになって、首相まで来たっていうことは、超勝ち組の家と関係を持ったみたいなことになるでしょ?」

「そ、そうなんです」

 予想外に察しがいいので、説明が楽になる。

「彼女は黒冥魔央と言いまして、6月には結婚することになっています」

「おー、そいつはすごいじゃない!」

 川神先輩が祝福してくれる。面倒な展開にならなかったのはありがたいけれども、実は彼女にとって僕はどうでもいい存在だったということも分かり、少し悲しい思いにもなるのは贅沢だろうか。

「で、それはそれとして、週末のギガンテス戦、二日分チケットあるんだけど」

「えっ!?」

「えっ、って何よ?」

「いや、ですから、僕は魔央さんと許婚になったので」

 言い訳しようとした瞬間、僕の顔の横を突風が突き抜けた。

 あ、あれ、この姿勢。

「何ということだ! 川神先輩に壁ドンされている!」

 武羅夫、解説しているなら何とかしてくれ。

 というか、壁ドンなんだけど、ドンしている方からは無表情で見下されているような。

「貴様、まさか応援しない、などと言うのではないだろうな?」

 先輩の声には全く感情が含まれていない。

「そ、そんなことはないです」

「私がチケットを買ったのだ。当然、行くよな?」

「は、はい! 行きます。行かせていただきます!」

 答えた途端、先輩がニカッと笑う。

「そう来ないとね~。じゃあね~、奥さん、また今度」

 川神先輩は魔央の肩をポンと叩いて、走り去っていった。武羅夫が恐る恐る近づいてくる。

「こ、怖いんだな……。川神先輩。おまえを壁ドンしていた時、完全に無の境地にありながら殺意の波動を漲らせていたぞ」

「だから言ったでしょ。先輩クラスになると、チームへの裏切りは死あるのみクラスなんだから」

「でも、認めてもらったみたいで良かったじゃないか」

「……試合観戦には付き合うことになるけどね」

「仕方ない。あの人に逆らうのはまずい」

 情けない護衛だ。と思って、魔央の方を何気なく見たら、真っ赤になって頭から湯気が出ている。

「奥さん……、奥さん……」

 川神先輩の言葉に過剰反応してしまっているらしい。

「は、恥ずかしい……」

「えっ?」

「……#>Λ?〇×◆!」

「えぇーっ!?」

 その瞬間、魔央の羞恥心が大爆発し、地球の大気を全て吹き飛ばした。

 むき出しになった地表に、宇宙からのガンマ線が容赦なく降り注ぐ。

 地上が死の大地となるまでほんの数秒、辛うじて地下にいた者達は永遠に住み続けるしかない。

 世界は滅亡した。


『世界を救いますか?』

『▶はい いいえ』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る