第9話 新しい生活④
翌朝……。
「ふわぁ……」
僕は欠伸をしながら食堂に出た。しばらくすると固定電話が鳴る。武羅夫だった。
『おはよう。朝食の用意をしたから持ってあがる』
「あ、よろしく……」
食事も毎日朝夕はこんな感じになるのか。
程なく、玄関のインターフォンが鳴った。これも武羅夫や登録SP以外は結構鳴るシステムらしいから、まあ、武羅夫なんだろう。
一つ一つの部屋が大きいから、玄関に向かうのも結構時間がかかる。
「もう少しコンパクトな部屋にはならないんだろうか?」
玄関先で料理を持ってきた武羅夫に愚痴る。いや、愚痴ってどうなることでもないことは分かっているんだけれどね。
案の定、武羅夫は不機嫌な顔付きで答える。
「それは総理とか、黒冥家に言ってくれよ」
「黒冥家か……」
ひとまずは朝食を持って入る。中身を見ると、旅館やホテルの朝食で出てきそうな山菜やら焼き魚やらが入っているものだった。
「8時半になったら迎えに来る」
「随分早いけど、どこかに行くのか?」
「大学に決まっているだろう。何を言っているんだ?」
ああ、大学か。
と思った時点で、川神先輩に携帯で何も言ってなかったことを思い出す。慌てて携帯電話を取り出すと。
『すんごい車で出て行ったけど、何があったの?』
『昨日、石田首相を見たって人がいたけど、関係あるの?』
『明日、教えてよね~』
と三つの未読のものがあった。軽めの口調ではあるけれど、かなり関心を持たれていることは間違いない。
どう答えたらいいんだろう。
『おはようございます。先輩。突然ですが、僕、結婚しまして、引っ越ししました』
なんて答えられるはずないよなぁ。
『故郷の名家の人と、付き合うことになったので、しばらくそちらに行くことになりました』
くらいが無難かもしれないけれど、これはこれで「どこに住んでいるの?」と問い合わせされそうだなぁ。
あるいは武羅夫に言伝として頼む……。いやいや、あいつに任せたら無責任に大袈裟に答えられそうだ。それは絶対に良くない。
朝食を食べ終わると、魔央ともどもリムジンに乗り込み、大学へと向かう。
「あん? 川神先輩? それはもう、バシッと関係を断つしかないだろ」
「いや、関係断つまではやりすぎでしょ?」
と答えると、武羅夫は耳元に近づき、小声で話す。
「……おまえは6月には結婚することになるし、その後はどれだけ不満であったとしても魔央ちゃんと暮らさなければならないんだぞ? もし、変に絡んでいるところを誰かに見られたらどうするつもりなんだ? 世界平和を乱す存在として彼女が退学させられるかもしれないぞ」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟じゃないよ。魔央ちゃんがヤキモチやいて世界を滅ぼすことだってあるかもしれないんだからな」
「……」
それはないとは思いたいが、確かに魔央との結婚が既定路線になってしまった以上、疑われるようなことをするのはまずいのも一理ある。川神先輩は他の男子にも人気だ。川神先輩を通じて他の面々が僕達の関係に割って入ってくるかもしれない。
「……どうやって、関係を断ったらいいんだろうか?」
「それはおまえ、『僕はサッカーに目覚めました。野球はもう古いです。もう二度と一緒に見ることはありません』とか答えたら一発じゃないか?」
「できるわけないだろ!」
思わず叫んでしまった。魔央や別のSPが驚いてこちらに視線を向けてくる。すみませんと小さくなりつつも、武羅夫の胸倉を掴む。
「おまえなぁ、先輩クラスまでいくともう宗教みたいなものなんだからな。野球からサッカーも、サッカーから野球も、あのクラスまで行くと宣言しただけで異端確定、即刻魔女裁判から火あぶりや斬首間違いなしだ」
「……悠、偏見入りまくってないか?」
「おまえの役目は何なんだ? 僕を殺すことなのか? 僕を守ることなのか?」
「分かった。地元の宗教に嵌ったことにしておこう」
うわ~、それは最悪だ。最悪だけど、ただ、実際に今の事態を説明すること自体、謎の宗教を説明しているようなものだから、中らずと雖も遠からずだ。
「……もう、それでいいよ」
僕はガックリと頭を落とした。
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