文披31題【線香花火】

千石綾子

線香花火の遊び方

「花火貰ったからやろーぜー」


 特大サイズのレジ袋をサンタクロースのように肩にかけて、ひじりが帰ってきた。聞けばバイト先の店長が、予約注文分の3倍の花火を誤発注してしまったらしい。割引して売っても倉庫に入りきらないために、希望するスタッフにも分けてくれたそうだ。


「くだらん。子供じゃあるまいし」


 四條しじょうは本から顔も上げずに言い捨てたが、他の住人たちはざわついた。


「やらいでか。一番乗りぃ!」


 魚屋のような恰好のからくり人形が、カタカタと音を立てながらマッチを持ってくると。


「楽しそうじゃのう」


 顔がカエルの老紳士がステッキを片手に階段を下りてきた。


「ヒマだから付き合ってやってもいいぞ」


 相変わらず偉そうなのは沢村慎さわむら まことだ。僕はこいつが苦手だ。すぐに僕を馬鹿にするから。

 とはいえ、そんな事など気にならない程に僕も大量の花火に心が踊っていた。


「さ、それじゃあ銘々バケツに水を用意して。これは蚊取り線香。腰にぶら下げて」


 人外の者たちに蚊取り線香が必要なのかどうかはこの際考えない事にする。



 

「一番大きい噴出し花火は俺んだからな!」


 聖は少年のようにきらきらとした瞳でがさがさと袋を漁る。タンクトップ姿の彼女が屈むと胸元が見えそうで見えなくて、僕は目のやり場に困ってしまう。

 しかし彼女はそんな事はまったく気にする様子もなく、レインボーなんとかという巨大な噴出し花火を手にして悦に入っている。


 当人が気にしていないものを僕が気にするのも何なので、ここは花火に集中することにした。普通サイズのロケット花火を牛乳瓶に挿して火をつけると、軽快な音をたてて花火が夜空に向かって飛んでいく。


 ぱあん、という小気味良い音が広い空に響いた。


 カエル紳士は手持ちタイプの花火を楽しんでる。カラフルな火花が吹き出すのを目を細め、喉をゲコゲコ言わせながら眺めている。


 からくり人形の魚屋は、落下傘花火を打ち上げて、落ちてくる落下傘を捕えようと右へ左へと奔走している。


 沢村は黙々と大きなロケット花火を打ち上げている。甲高い音を立てて夜空に吸い込まれた後、爆音をあげて破裂する。奴はかなり大きなロケット花火も手で持って打ち上げている。面の皮も厚いが手の皮も厚いらしい。




 ひとしきり派手な花火を楽しんだ後、最後はやはりこれだ。


「線香花火も沢山あるからな」


 聖が皆に配って歩く。


「おーい、線香花火だぞ。四條もやれよ」


 聖がリビングルームの方へ声をかけた。しかし奴が来るはずがない。奴は花火など俗な遊びと思って馬鹿にしている。

 そう思っていると、奥から気配も感じさせずに四條が現れた。意外だ。明日は雨だろうか。


「線香花火ならやってやらんでもない」


 相変わらず偉そうだが、大家である四條が実際のところこのバベルハイツで一番偉いのだから仕方がない。それに僕は彼のその根拠のない威厳ある態度が好きだった。

 

 缶の上に立てた蝋燭から火を移し、線香花火を手に皆ぐるりと輪になった。丸い赤い玉から繊細な火花が散り、形と共に音も変化していく。最後の締めがこの線香花火だ。宴の終わりを感じさせて、なんだかセンチメンタルな気持ちになってくる。


 皆そう思っているのだろう。口数も減って、皆静かに赤い球が落ちないように見守っている。

──その時。


「熱っ!」


 カエル紳士が額を押さえて立ち上がった。持っていた花火が儚く地面に落ちる。


「どわ……!」


 今度はからくり人形が跳び上がる。何事かと見回すと、四條が片手に火のついた線香花火を5本ほど持って立っていた。その花火を持ちかえて、僕たちに向けて大きく振る。すると赤い火の球が飛んで、僕のすぐ横をすり抜けていった。


「あぶ、危ないだろ四條!」

「避けるな。当たらないだろうが」


 四條は不機嫌な声で命令する。


「当てるつもりかよ」

「無論だ。これが俺の線香花火の楽しみ方だ」


 そう言いながらもたくさん残っている線香花火に火をつけて、赤い火花を飛ばしてくる。


「やーい、へたくそ。当たらないぞ」


 聖は手慣れたもので、反復横跳びの動きで四條を挑発する。それに腹が立ったのか、四條の動きが途端に早くなった。目にも見えないスピードで熱い火球が飛んで来る。それさえも上手く避け続ける聖。


 その足もとで何かが弾けた。


「うわ……!」


 聖はたたらを踏み、転びそうになる。見れば四條に対面していた僕らの後ろから、ねずみ花火が次々と襲い掛かってきていた。それを仕掛けているのは沢村だ。


「隙あり」


 四條は淡々と火球を飛ばし続ける。遂にそれは僕の腕と聖の太腿に命中した。


「熱っ! あちちちち……!」


 と、僕。


「くっそー、あっちぃだろ四條!」


 そう悔し気に言い捨てるのは聖。


「大袈裟な奴め」


 四條は勝ち誇った様子で口の端を上げる。 

 僕たちは四條と沢村の攻撃に逃げ惑うが、彼らの連係プレーによって容易く被弾してしまう。僕たちの悲鳴は数分間続いた。


「ちっ、もう花火がない」


 沢村が言うのを聞いてようやくほっとする。


「まったくこの二人はよー」


 苦々しく聖が吐き捨てる。


「四條も沢村も花火の遊び方を間違えてる。子供か!」


 僕も思わず説教じみた口調になった。


「だからはじめに言っただろう。花火など子供の遊びだと」


 すまし顔で去っていく四條の背中に何も言い返せない僕だった。

 


               了

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文披31題【線香花火】 千石綾子 @sengoku1111

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