第4話 次の朝、彩子の仕事
少し横になったと思ったら、もうアラームが鳴った。
クスリが残って頭は重いが、それはいつもの事だった。昨夜起こったことは全部夢だったのかも知れない、と思いたいがテーブルの上に埼玉県警の名刺がある。昨日貰ったやつだ。部屋を見回すが、他に特に変わった所はない。
コーヒーを飲んで軽いストレッチして、朝のルーチンをこなすといつものように家を出た。朝の日差しを浴びると昨日起こったことがどんどん現実のものとは思えなくなってきた。昨日部屋に現れた男も、映画かドラマで観た事が、疲れとアルコールで、幻覚としてフラッシュバックしただけのような気がして来た。
交差点を渡って川口駅までの近道まで来ると、人だかりができていた。それも十人以上が何もないただの通りに集まっている只事ではない。見ると警察官が立っており通行規制をしているようだった。
火事か、事故でもあったのか?
人だかりの後ろからその先を見通すとパトカーが止まっていて、テレビ局のカメラなども来ている。雑居ビルの周りに警察官が立っていて通れなくなっていた。
そういえば、昨日来てくれた警官が「駅前で死体」とか話していたのを思い出した。
仕方なく遠回りの迂回路で急いで駅に向かった。
クーラーの利きが弱い車内といつものように満員の京浜東北線。イライラしつつも、どうすることも出来ず。ぼんやりと外を見ていると、荒川を渡る時に、誰かに見られているような気配を感じた。
考え過ぎだ、そんな訳ない。見通しの効かない混雑する車内で、尾行するような事は出来ないと思う。
睡眠不足もあって、彩子は降りる御徒町駅まで半分頭が寝ているようなボーっとした気分だった。
東中銀行広小路支店に着くと、午前中はバタバタと時間が経った。週の中日で水曜だが、20日締めの会社もあり支払業務が多い。
彩子の仕事は銀行の窓口営業のテラーで大学を卒業して今年入社7年目。窓口業務の主任として、二列目に座っている。支払い内容の確認や、課長の了承など、窓口の頃よりも仕事は複雑になってきている。
昼休憩に入るまで、忙しくて昨夜の幻覚のことは忘れていた。支店の昼食は休憩室という名の会議室で交代でとる事になっている。現金を扱うテラーは営業中は外に原則出られない。皆な、たいていお弁当を食べることになっている。提携先お弁当は三百五十から四百円とリーズナブルで最近のコンビニ弁当よりはるかに安い。
一人でお弁当を食べていると、突然向かい側に渡辺亜香里が座り、話しかけてきた。入社2年目で窓口では一番の若手だった。
「もう見る気なくなりませんか、インスタ見てもその子も一緒にいると思うともうないわ。本当おもいません?」
前振りなく亜香里が憤慨しているのは、人気アイドル俳優Yが、女優Eと同棲しているネットニュースを見ての愚痴だった。「アイドルなら、絶対そこは見せないようにするのがプロですよね」
そういうもんかと彩子は思った。だったらアイドルは私生活は見せられない。SNS時代で損な仕事だなぁ。
彩子は、「女優Eはでも演技上手くていいドラマ出てるよね」と、適当に話を返した。
すると、「奥田さんサイテー。だから、良くないんですよ。よりによってですよ、あーぁ最悪、最悪。もう二度と見ない」と、亜香里は一人毒づき続けた。
一般論の会話かと思ったら、亜香里は本気でムカついているようだった。本人は悪気はないのだが、同意も反対も扱い方が難しい。
彩子は、中途半端な笑みを浮かべて、休憩の雰囲気を壊さないように、なるべくその場にいるだけの存在に徹そうと心掛けた。ふと隣テーブルを見ると休憩中の渋井美南の表情が冴えないのが気になった。入社4年目でいつも自分で作ったお弁当を持参するしっかり者。キレイな顔なので、クラス上の雰囲気を出すようなところがある。窓口での人気も高く、取引先から本気でお見合いの話なども来るという。女子行員裏情報によると、昨年あたりからエリート公務員と付き合っているらしい。
彩子と目が合うと無理に会釈しているように見えた。美南と最近は仕事以外の会話をした記憶がない。
まぁ彩子自身、マンションを買って川口に引っ越してからは。飲み会は歓送迎会とか会社の行事でない限り行かないので、面倒見がいい先輩ではないが、美南が何か悩みを抱えている様子は気になる。ただ、おせっかいはロクな事にならないので、本人から相談でもない限り首を突っ込みたくはない。
休憩時間終了十分になり、早めに戻ると、窓口で客が怒鳴る声が聞こえる。
マズイ、何か起こってる。
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