第35話 『聖女である私 聖女でしかない私』
「間もなく朝食の準備が完了しますので、少々お待ちください」
「……」
食堂に行き、しばらく待つと料理が運ばれてきました。
品数も多いですし、盛り付けや状態からして手間が掛かっていることは明白です。
多分、ヴィーさんのことですから作り置きとかではないのでしょう。
料理と私の服を並行して作っていたんですか?
ヴィーさんの仕事が早すぎます。
女神様への祈りを捧げた後、食器を手に取り、料理に口を付ける。
……美味しいです。
以前ここを訪れた際にも思いましたが、料理が美味しすぎます。
あの後、教会で提供される食事が進まなくなり、お祈りの時間が増えました。
この料理を、また食べられるなんて。
しかも、この様な形で。
「……おはよう」
「おはようございます、ご主人様」
私が朝食を半分ほど食べたところでハヤト様が食堂に来られました。
「ハヤト様、おはようございます」
「おはよう、シルビア。それ食べ終わったら町行くか」
「旦那様、朝食です」
「ありがとう」
昨晩は遅かったのでしょうか?
ヴィーさんが配膳した朝食に手を付けながらも、ハヤト様は眠そうに目の端を擦っています。
寝癖がちょっとかわいいです。
違います。
気になるのはハヤト様の寝癖ではなくて――
「町、ですか?」
「昨晩は急いで出てきたから、入り用なものがあるだろ」
「それは……」
「何か大切なものとかあったか? それなら教会に取りに行ってこようか」
ハヤト様が心配してくださいますが、その必要はありません。
教会では自室こそ与えられていましたが、私物を持つことは許されていませんでしたし。
「そうか?」
「もし必要なものがあれば、私がご用意いたします」
「そうか……いや、やっぱり町に行った方がいいな」
「私のことなら――」
「これからシルヴィアがどうしたいか、それを考えるためにも行っておいた方がいい」
――。
ハヤト様はヴィーさんに「ちゃんと門から町に入れよ?」と注意しています。
……今朝のことは無かったことにしましょう。
「ヴィー、シルヴィアの付き添いを任せていいか?」
「はい、旦那様は――」
「ハヤト様も行きませんか?」
「悪い、ちょっとやっておきたいことがある」
――。
手早く朝食を食べ終えたハヤト様が食堂を後にします。
そして私たちは再び、ルミキスカの町を訪れます。
***
――私にとっての幸せとは何なのだろう?
日の暮れたルミキスカの町をヴィーさんと歩く。
仕立て屋、パン屋、鍛冶屋、羊飼い、農民、八百屋、肉屋、吟遊詩人、道化師、討伐者……。
多くの職を見て回りました。
ですが、どの職も興味を持てません。
「……あっ」
「どうかなさいましたか?」
ルミキスカの中心部を歩いていた私が見つけたのは神聖教の教会。
ここには以前、ソミア大森林の調査に向かった際にお世話になりました。
「……少し、立ち寄ってもいいですか?」
「ご随意に」
ヴィーさんに許可をもらい、教会に入ります。
人は疎らですが、一応外套のフードを深く被ります。
関係者の中には私の顔を覚えている人もいるかもしれませんから。
聖堂に向かうと、神聖教の信仰対象である女神様の像が奉られています。
私は自然と膝を着き、祈りを捧げます。
……そういうことですか。
どの職を見ても惹かれないわけです。
生まれながらにしての聖女である私。
聖女でしかなかった私。
ただ祈るだけの私には分かるはずもない。
日々を懸命に生きる人々の営みを。
その尊さを。
ハヤト様の仰った、幸せの意味も――
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