間章 聖女の居る日常

第34話 『聖女とメイド』



「買い出しに出掛けます」

「はい?」


 私が隼人さんの手によって教会から連れ出された翌日の早朝。


 目が覚めたところをヴィーさんの宣言に意見を言う暇も無く、転移魔法で飛ばされました。


 到着したのはルミキスカの町が見える街道。


 日が昇った直後の肌寒い空気に思わずくしゃみをしてしまいます。


「これをどうぞ」

「ありがとうございます」


 ヴィーさんがどこからともなく外套を取り出し、差し出してくださいました。


「それでは行きましょう」

「えっ?」


 私が外套を羽織るのを見計らい、再度、ヴィーさんが転移魔法を発動させます。


 今度はルミキスカの町の中に転移したようでした。


 大通りから一本外れた道のようで、人の姿は殆どありません。


 ……あれ?


 私たち、町に入る手続きをしていないのですけど?



***



 私は今、罪悪感に押し潰されそうです。


 門で身分証明をしましょうとヴィーさんに掛け合いましたが「私はいつもこうしていますが?」と「貴女の身分証明はどうされるおつもりで?」の言葉の前に撃沈しました。


 確かに、私は聖女。


 それも教会から誘拐された人物です。


 神聖魔法は使えるので、一応私が教会の信者であることは証明できます。


 ですが、それは私個人の身分を証明することにはなりません。


 仮に私の身分が証明できたとしても、私を連れ出してくださった隼人さんに迷惑が掛かることになります。


 ああ、我らが大いなる母にして敬愛すべき女神様。


 どうか、不心得者である私をお赦しください。



――それくらいのことで目くじら立てたりしませんよ



 ……なぜでしょう?


 頭の中でどなたかの笑う声が聞こえた気がしました。


「シルヴィア様はどの柄がお好みですか?」


 私にはヴィーさんの考えていることが分かりません。


 今、私たちがいるのは、開店したばかりの衣類を扱うお店。


 そこでヴィーさんは商品を前に、私に質問を投げ掛けてきます。


「あの、私は修道服や祭服以外を身に付けたことがないのですが……」

「なるほど。では、白を基調としたものにしましょう」

「……」


 何が「なるほど」なのでしょうか?


 そして、納得した様子のヴィーさんと私は店を後にします。


 厚かましい考えですが、私の服を買ってくださるのかと思っていたので、ヴィーさんが商品を1つも手に取らずに店を出ていったのに驚きました。


 その事について聞くと、どうやら服はヴィーさんが作ってくださるとのこと。


 この人、メイドですよね?


 家事に魔法に裁縫……ちょっと多才すぎませんか?



***



 隼人さんの屋敷に戻って少し。


 分かれたはずのヴィーさんが再び部屋を訪ねてきました。


「服が完成しました」

「もうですか!?」

「簡素なものですが。ひとまず、試着をお願いします」


 そう言ってヴィーさんが差し出してくれたのは、白のワンピースドレス。


 これを帰宅してから創り上げたのですか?


 フリルも沢山ありますし、腰の辺りにある花を象ったワンポイントまで。


 極めつけに、スカートの裾には精緻なレース。


 確かにシンプルなデザインですが、王族の主催するパーティーに着ていっても問題ない出来なのですが……。


 着てみるとサイズはピッタリでした。


 私、ヴィーさんに採寸された覚えは無いんですけど?


 そのことを聞きましたら「目測で十分です」とのこと。


 嘘ですよね?


 衣装の丈なら大体の目測で作れるかもしれません。


 ですが、先日パレードのドレスを採寸した際に、バストや肩幅、袖の長さなどは差があり、測る必要があると仕立屋の方に伺いました。


 だから決して、私の胸が小さいとかそんなことはないです。


 ええ、ヴィーさんの技術力が並外れているのです。



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