第36話 『私を見つけてくれた人』



 両の拳を軽く握る。


 小気味よい、パキパキとした音が鳴る。


 ……7~8割、と言った所だろうか?


 今日は日が暮れるまで森の魔物を狩った。


 それでもまだ、本調子というには程遠い。


 おかしいと気付いたのは今朝。


 朝食を食べている最中、スプーンを握る手が妙に覚束なかった。


 もしやと思い試してみれば案の定、力をコントロールできなくなっていた。


 勇者君と戦ったからだろうか?


 彼とのじゃれ合いは暗黒竜に次ぐくらいの力を出した。


 それとも女神から受け取った『神の欠片』が馴染んできたのか……。


 思い返してみれば、昨晩女神と話しているときも異様に眠気を感じていた。


 あれが不調の前兆だったのだろう。


 ともあれ、このままだと拙い。


 俺は自分のスキルが何なのかも知らない。


 そうそう無いとは思うが今の状態で戦うことになれば、間違いなく相手を殺す。


 ……本格的にスキルを習得するべきか。



 そろそろ眠ろうとしていたところで軽いノックの音が響く。


「――ハヤト様、入ってもいいですか」

「どうぞ」


 俺が許可を出すと、シルヴィアが入室する。


 なぜか、ネグリジェ姿で。


 ……。


 流石ヴィーだ、と褒めるべきだろうか?


 夜の男女用の目的で作られてはいないため、普通に薄手のワンピースのようなデザイン。


 だが、その上品なデザインが、かえってシルヴィアの儚さというか色気を引き立てている。


 良かったなシルヴィア、俺が良識ある人間で。


 世の男なら9割9分が押し倒している場面だ。


「その格好だと寒いだろ。何か着るものを――」

「ハヤト様……」


 クローゼットから羽織るものを取り出そうと歩き出す。


 すると腰に軽い衝撃が伝わってくる。


 それと同時に聞こえる彼女の嗚咽。


 俺は彼女が落ち着くのを待つ。



***



「落ち着いたか?」

「……はい」


 あれから10分ほど。


 真っ赤になったシルヴィアとソファーに腰掛ける。


「嫌なことでもあったか?」

「……」


 シルヴィアは訥々と、町での出来事を話してくれた。


 色々な人の生活を見たこと。


 そのどれもに興味を持てなかったこと。


 今までの自分の生活は、とても恵まれたものであったということ。


「私は卑しい人間です。豊かな環境で、何不自由なく暮らしていたのに」

「……」

「恵まれているにもかかわらず、それを幸福だと考えず、あまつさえ疎ましいとさえ思っていたんです」


 それは懺悔だった。


 これじゃあ立場が逆……とも言えないか。


 俺、神になったんだし。


「俺はシルヴィアを卑しいとは思わない」

「違うんです――」

「違わない」

「っ!!」


 これだけは断言できる。


 お前はいいヤツだってこと。


 根が優しくて、聖女と呼ばれるに相応しい人間であると。


「初めて森で会ったとき、お前はエイルを必死になって治療していた。自分の魔力が枯渇して、気絶するまで」

「……だってそれが私の役目だから」

「お前は人のために自分を傷付けられる人間だ」

「……私はそんな立派な人じゃ無いです。ただ、自分にできることしかやってなくて――」

「辛いんだよな」

「……」


 再び泣きそうになるシルヴィア。


 お前は人の痛みが分かる人間だ。


 今日だって、町の人間を見てきて、その生活の辛さを理解したんだろう。


 そして、今まで自分がどれだけ恵まれていたのかを考えて、後ろめたく思ったんじゃないか?


「自分が楽をしているようで、嫌だったんだろ?」

「……はい」

「大丈夫。お前も頑張ってるから」

「私は頑張ってなんて……」


 頑なに自分を卑下するシルヴィア。


 だが、俺はコイツが頑張っていたことを女神から聞いている。


「神聖魔法習得のために魔物殺したりとかしたろ?」

「……はい」

「優しいお前のことだから、嫌だったろ」

「嫌でした」

「町にいるヤツも大抵はそう思ってる。だから、討伐者なんて仕事がある」


 働くことの本質は誰かの役に立つことだ。


 やりたくないこと、できないことを代わりにやることで、その対価として給与が支払われる。


「シルヴィアの場合はその対価が暮らしで、実感が湧かなかっただけだ。だから十分、頑張ってる」

「……ハヤト様!!」


 泣きじゃくるシルヴィア。


 俺は何も言わず、彼女が泣き疲れて眠るまで背中を撫で続けた。



***



 朝。


 目が覚めると違和感を感じました。


――ベッドが大きい?


 その疑問が解けると同時に、顔が熱くなるのを感じます。


 昨晩、ハヤト様に散々泣き付いてしまいました。


 しかも、ナイトウエアのままで!


 悩んでいたとは言え、この格好は無いです!


 今後、一体どんな顔をしてハヤト様に会えばいいのでしょう!?


「シルヴィア様」

「ひゃうっ!」


 ヴィーさんの声に驚いて、思わず声を上げてしまいました。


「朝食の準備が整いました。旦那様もお待ちです」

「はい、すぐに行きます」


 与えられた部屋に戻り、急いで着替えて食堂に向かいます。


「おはよう、シルヴィア」

「お、おはようございます!」


 昨日の朝と同じように、ハヤト様があいさつをしてくれます。


 ああ、顔が熱いです。


 あいさつの最後で声が裏返ってしまいました。


「どうぞ」

「ありがとう」

「ありがとうございます、ヴィーさん」


 朝食が並んだところで祈りを捧げ、食べ始めます。


「どうした?」

「っ、何でもありません」


 気付くと、向かいに座るハヤト様を見つめていました。


 私は慌てて誤魔化します。


 ……そうか。


 私はこの人が好きなんだ。


 聖女でしかない私を認めてくれたこの人が。


 聖女としてではなく、ただの“シルヴィア”として見てくれたこの人のことが……。


 ハヤト様のことを考えると、胸の奥が熱くなる。


 これがシスターの子たちが話していた“恋”なのでしょう。


「ふふっ」

「ご機嫌だな、シルヴィア」

「はい、ハヤト。料理が美味しいですから」

「? そうだな。いつも美味い料理をありがとう、ヴィー」

「勿体ないお言葉です」


 朝食をいただくだけの、ありふれた光景。


 これがずっと続けばいいなと、心の底から思います。


 ここにいれば私の“幸せ”も見つかる、そんな気がするのです。


 ハヤトさんが認めてくれた私の幸せ。


 そしていつか、ハヤトさんの隣に――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る