第五章 鬼は角を隠す

第37話 エビス商会



 シルヴィアが家に来て一週間が経った。


 彼女はここでの生活にも慣れてきて、今では俺の農作業を手伝ったりもしてくれる。


「ハヤトさん、このカブは収穫できるんですか?」

「ええっとカブの収穫は……根茎が土から出たら、根茎は根みたいな可食部のこと。へぇ、葉は塩で漬けたり、他の料理に入れても食えるのか」

「ハヤトさん」

「ああ、悪い。図鑑によるとあと2、3日くらいだと思う。その隣のやつは大丈夫そうだ」

「これですね? わかりました」


 最初に冒険者二人と来た時に種まきを教えてくれたシルヴィアだが、本当は農作業に明るくないらしい。


 種まきについては、教会の養護施設に訪れた時、たまたま覚えたとのこと。


 なので今は、先日女神にもらった植物図鑑を頼りに作業をしている。


 それ以外にも、ヴィーの転移魔法で各地に赴き、教会で奉仕活動をしている。


 奉仕の内容は回復魔法による治療。


 シルヴィアの魔法なら軽傷はもちろん、腕が千切れるような重傷までカバーできるそうだ。


 これは彼女が望んだことで、本人曰く人の役に立ちたいから。


 ヴィーに話を聞くと『聖女様』や『御使い様』という通り名で、巷ではちょっとした噂になっているそうだ。


「ありがとう、シルヴィア。助かった」

「お役に立てて何よりです」


 額の汗をぬぐうと花が咲くような笑みを浮かべるシルヴィア。


 その笑顔に、以前のような陰りはない。


「それにしても、この量をどうするか……」

「沢山収穫しましたね」


 俺たちの前にあるのは収穫した野菜の山。


 ヴィーが調子に乗って育てまくった野菜が、今回の収穫でようやく8割がた収穫したところだ。


「まだ全体の1%も消費できてないんだが……」

「あはは……」


 シルヴィアが町にいくときに教会への寄付として持たせてはいる。


 だが、それも焼け石に水だ。


 何か大量消費できるようなことはないか――


「――小鳥遊君に引き取ってもらうか?」

「どちら様ですか?」

「ああ、俺の知り合いだ」


 レイリッド神聖国に行く前だから二週間くらい前か?


 あのときも大量の野菜を引き取ってもらったが、また引き取ってくれるだろうか?


 小鳥遊君はこの国の王女を救った関係で、今は商会を経営しているとか。


 商会の名前も彼から聞いている。


「シルヴィアは今日、王都に行くって言ってたよな?」

「はい、そうですよ?」

「なら、ついて行っていいか?」



***



 王都。


 この国、エスカリア王国の首都であるその都市はエスカリエというらしい。


 俺がたまに行くルミキスカの町もなかなか栄えていると思っていたが、エスカリエとは比べるまでもない。


 昼間、中央通りの人通りは多く、首都だけあって華やかさを感じる。


 その王都の一等地。


 中央通りに隣接するかなりいい場所に店を構えているのが、小鳥遊君がオーナーを務める”エビス商会”だ。


 まさか、ここまで大きいとは……。


 スーパーマーケットレベルの建築物はこっちでは少ないはずだ。


 なんなら俺が生前務めてた雑居ビルより立派。


「……ここ、ですか?」

「多分、間違いないと思う」


 どうする?


 この規模の店にアポなしで行っても、素直に小鳥遊君に繋いでもらえないだろ。


「あれ? 芝さんじゃないですか!」


 流石、小鳥遊君だ。


 取引の帰りなのか、振り返った先には正装の小鳥遊君がいた。


 彼の隣には秘書らしき女性の姿もある。


「お久しぶりですね! 元気にしてましたか?」

「ああ、久しぶり。小鳥遊君は景気がいいみたいだな」


 これだけの店の経営者とか、本物のブルジョアだな。


 小説の主人公みたいだ。


「ヴィーさんも、お久しぶりです」

「ご無沙汰しております」

「あれ? そちらの方は?」

「ああ、彼女は――」

「シルヴィアと申します」

「え”っ」


 ああ、そうか。


 国王と親しい小鳥遊君はシルヴィアが聖女だって知ってるのか。


「ちょっといいですか――どういうことなんですか、芝さん‼」


 三人から離れ、小声で怒鳴るという器用なことをする小鳥遊君。


 だが、彼が心配するようなことは何もない。


 女神の話によると、神聖教の上層部や私腹を肥やしていた司祭どもが軒並み失踪や失脚したことにより、聖国はかつてないほどクリーンな状態らしい。


 回復魔法を使うことのできる信者の制限という手段も、今回の神の怒りによって使えなくなった。


 魔王国には謝罪と和睦のための使者が送られ、戦争は無事に終結。


 少しずつではあるが、歩み寄ろうとしている。


 今ではあの勇者君が新しく教皇に就任して、国を運営しているのだとか。


 だから、シルヴィアの存在がばれたところで問題はない。


 聖国含め、周辺国も問題を再燃させたくはないのだ。


「――と、こんな感じだ」

「それなら大丈夫、なんですかね?」


 まあ、あるとすれば彼女を担ぎ上げて聖国を乗っ取ろうとするヤツらくらい。


 だが、そういった輩は実力行使で排除できる。


 それ以前に、シルヴィアをどうにかしようなんて考えるヤツはまず出てこないだろう。


 なぜならシルヴィアは聖女だから。


 以前は教会が勝手に任命した”聖女”という肩書でしかなかった。


 しかし少し前に、フィリアが信託によって正式な聖女であると認めた。


 これにより「シルヴィアに手を出す=神の怒りを買う」ことに他ならないからだ。


 以上の説明で、高橋君も納得したようだ。


 小鳥遊君との話し合いが終わったところで、三人のところへ戻る。



「レン様、そろそろ私も紹介させて下さいませ」

「すみません。芝さん、彼女は――」

「初めまして、シバ様。わたくし、リリアーネ・エル・エスカリアと申します」


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