第32話 『代弁者』



――聖女が何者かに連れ去られた


 その一報を受けた教会内は混乱を極めた。


 直前には勇者と侵入者の戦闘、それに伴う教会本部の一部倒壊。


 急遽招集された教会上層部は紛糾していた。


「魔王国への進軍は明日だぞ! 友軍の説明はどうする!」

「それよりも勇者と聖女の件は?」

「そんなことはどうでもいい! 今回、本部に容易く襲撃を許したことが最大の問題だ――」


 醜く言い争う教会上層部。


 その中に誰一人として聖女の安否について言及する者はいない。


 会議は躍る――


 然れど進まず――



――そして、愚か者たちが叫き散らす会議場に、終わりを告げる者はやってきた


 一同は即座に膝を着く。


 腐っても彼らは聖職者。


 その者の纏う気を感じ取った結果がその行動であった。


「――面を上げろ」


 無機質な美声が響き渡る。


 “許可”を受け、一同は顔を上げた。


 円卓の数十センチ上空に佇むその者は天使。


 彼女こそが“代弁者”。


 唯一、世界の創造神である女神の言葉を口にすることを許された存在。


 その証に、彼女の背には三対六枚の翼が見て取れた。


「代弁者様におかれましては――」

「私は発言を許可した覚えはない」

「「「ッ!!!」」」


 極寒の地にある解けることのない氷の如く冷徹な声。


 一同は深く頭を垂れ、赦しを乞う。


「まあ、いいでしょう」

「「「……」」」


 代弁者は耄碌した愚か者どもの、その無様な姿を鼻で笑うと、彼らの処遇を淡々と告げた。


「彼の方からのお言葉を伝える――」



――曰く、人魔両者は女神によって創られた存在であり優劣は無い


――曰く、戦いは好まぬが争いは致し方なし


――曰く、然れど我が名を使う愚か者に相応の罰を下す


――曰く、本件に関わりのある教会信者の加護を剥奪する



「お待ちください!!」

「釈明の余地は無い。お前たちは欲に目を曇らせ選択を誤った、謂わば反逆者だ」


 それは一方的な審判だった。


 加護を失うとは即ち、女神から見放されることを指す。


 それは世界から見放されるも同義。


「……殺せ」

「は?」

「代弁者を名乗る不届き者を即刻始末せよ!!」


 教主が聖騎士に命じ、代弁者の排除を試みる。


 何とも短絡的な思考だ。


 彼女を排すれば、己に下された沙汰を無き物にできようなどと。


「愚かな……」


 代弁者の呟きとともに、聖騎士たちの剣が落ちる。


「どうした! 殺せ!!」

「ス、スキルが使えません!」

「何だと!?」


 加護とは、女神が人々に与えた生きるための力。


 それを“スキル”と呼ぶ。


 現地に根付いた彼らはスキルを剥奪されたのみでは死ぬことはないが、それがなくなればどうなるか。


 日々、何気なく行っている呼吸を。


 両の足で立ち、歩くことを。


 目で視、耳で聞こえ、肌で感じる。


 その自然に行っていた一つが“スキル”の行使。


 スキルが消失した彼らは、剣を握ることさえ叶わない。


 そもそもスキルとは、脆弱な人々が魔物と対抗できるよう、女神が与えたもの。


 スキルがあれば達人の様に剣を使い、超常的な魔法を行使することが可能。


 逆にスキルを失えば、関連する行為の一切が不可能となる。


「加護を失うことの意味を、信者でありながら知らぬとは」


 呆れた様子の代弁者を見る者はいない。


 各々が必死になってスキルの行使を試みるが、加護を剥奪された彼らにその権利は無い。


 いつしか代弁者の姿は無く、議場には愚かな元信者どもが残るのみとなった。




 翌日


 レイリッド神聖国における教会上層部の姿は消えていた。


 同時に、悪辣な教会関係者は挙って神聖魔法の行使が不可能となる事件が多発。


 真相は各地に散らばる信心深き者に送られた神託が噂となって人々に浸透し、神を騙る者たちは刑によって処されることとなる。


 当然ながら魔王国侵攻に向けた開戦は白紙。


 300年に渡る戦は終結し、各国は徐々にではあるが融和への方向性を辿ることとなる。


 神聖国は勇者が治めることとなり、消えた聖女の行方は知れず。


 しかし聖女については人柄故か嘲罵するような噂は皆無であり、一説によれば清き心を持った彼女は神の元に召し抱えられることになったのだと、まことしやかに囁かれる。


 その日を人々は畏敬の念を込め『審判の日』と呼び、後世に語り継がれた――



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