第31話 勇者
吹き飛ばされてきたヴィーを片腕で受け止める。
とは言ったものの彼女は無傷だし、受け身を取ろうとしていたので心配するほどでもなかったかもしれない。
「……申し訳ありません」
「お前はシルヴィアを連れて行け」
「畏まりました」
ヴィーにシルヴィアを渡すと、彼女は転移魔法を発動させる。
二人の足元に広がる精緻な魔法陣。
「! 聖女様!!」
「随分と余裕そうだな?」
転移魔法の展開には数秒の時間を要する。
その隙を突かれないように、ヴィーと戦闘していた人物に拳を放つ。
追撃を仕掛けようとしていたその人物は、再び土煙の向こう側へと吹き飛んでいく。
それにより倒壊する宮殿。
俺はヴィーたちの転移を確認し、殴り飛ばした人物を追い掛けた。
「――何者ですか?」
思ったより彼はピンピンしていた。
宮殿の壁を二、三枚貫いたのにもかかわらず、大したダメージは与えられなかったようだ。
両手に持っている剣が砕けていることから、俺の拳を咄嗟にガードしたんだろう。
「流石は勇者といった所か?」
「どうでしょうかね? あなたたちには聖女様を奪われてしまいましたし」
勇者君は昼間のパレードの時とは異なり、現在は金や銀で彩られた鎧姿だ。
「彼女をどこへやったんですか?」
「言う訳無いだろ」
「あなたたちの目的は?」
「ノーコメント」
「そうですか――」
勇者君は砕けた剣をその場に捨てる。
彼の手を離れた剣は光の粒子となり、別の剣が彼の空いた手に現われた。
これが彼のスキルだろうか?
「――では、あなたを倒して聞き出すことにします!」
踏み込みが速い。
剣筋とかは分からないが、多分この前家に来たエイルと同等。
もしくはそれ以上の実力があるんじゃないだろうか?
これが転生者か。
「――弱い」
「なっ!?」
唐竹に振り下ろされた剣の腹を殴れば、一撃で砕け散る。
そして、隙ができた勇者君の腹に一発、拳を叩き込んだ。
冗談のように吹き飛んでいく勇者君。
宮殿の破壊が加速する。
歴史的価値や美術的価値は高そうな建物だが、来歴を辿ればそれほど心は痛まない。
――剣が飛来する。
その数、二十。
大小、様々な種類の剣が宙を躍る。
俺は軽く身を捻って躱し、剣に紛れて背後から攻撃を仕掛けてきた勇者君の手首を掴むと投げ飛ばす。
なかなか頑丈だ。
手加減する手間が掛からなくていい。
……そろそろ、か。
右腕に魔力を集中させる。
「くっ!!」
「終わりだ」
俺は勇者君との距離を詰め、右の拳を振り下ろした。
勇者君は決死の覚悟で剣を掲げ、ガードを試みるが、完全に俺の攻撃を認識できていない。
無論、彼をここで殺すつもりなんて無い。
俺の拳は勇者君の足元へと叩き込まれる。
破壊の奔流が宮殿を駆け巡る。
俺たちの立ち位置を中心に棟が崩落し、瓦礫の雨に包まれる。
衝撃で勇者君も大きく吹き飛ばされた
「それじゃあ」
「待て!!」
勇者君は持っていた剣を投げつけるが、それが届く前に俺の姿は掻き消えた。
***
教会の宮殿から、一瞬にして俺の家の自室に切り替わる。
流石ヴィーだ。
合図ナシにもかかわらず、完璧なタイミングで転移魔法を使ってくれた。
勇者君は攻撃速度はまだしも、移動スピードは俺よりも速い。
そのためあの場から逃げるとなると、彼を戦闘不能にする必要がある。
それはあまりにも可哀想だから、適当なタイミングで戦闘をリセットし、ヴィーに転移魔法で離脱させてもらった。
「お疲れ、ヴィー」
「勿体ないお言葉です」
いつものメイド姿に戻ったヴィーが綺麗なお辞儀を見せる。
さっきまで潜入用のライダースーツっぽい服装だったのに、着替えが速い。
俺も変装のために顔に巻いていた布を取る。
「シルヴィア様は用意した部屋に案内しました」
「ありがとう」
羽織っていた外套などをヴィーに渡し、粉塵で汚れた上着を着替える。
「ヴィー」
「はい」
「何で本気を出さなかった?」
俺の脱いだ上着を受け取ろうとしたヴィーに問いかける。
「……仰っている意味が――」
「本気だったか?」
「はい」
「言い方を変えようか。なぜ、全力を出さなかった」
「……」
ヴィーの実力があれば、恐らく勇者君を完封することは容易いはずだ。
勇者君の実力は、精々エイルと同等か少し上。
比べるまでもなくヴィーが圧倒的に強い。
素人の俺でも、彼女の剣技を見れば明らか。
「……」
「……気になっただけだ」
「はい」
まあ、言いたくないことを無理矢理聞き出すこともない。
彼女が話したくなったら、その時に黙って聞いてやればいい。
俺はベッドに横になる。
俺とヴィーが家に帰ってきたことで、レイリッド神聖国から俺たちは出国しなかったことになる。
教会本部の襲撃によって、通常ならば厳重な入出国の規制が掛かっており、出国の記録の無い俺たちが一番に疑われることになるだろう。
だが、そのことについて心配する必要は無い。
なぜなら今夜、教会の在り方は大きく変わるのだから――
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