第30話 幸せの価値



 パレードを見終えた俺は宿に戻ると、事情を知るであろう人物に話し掛ける。


「おい、女神」

『はい、何でしょうか?』


 案の定、女神のヤツは俺の声にすぐさま反応する。


「お前はどうしたい?」

『どうしたい、とは? 具体的にどの様な事でしょう?』

「惚けるな」


 女神にはアーロンのような手駒が何人かいる。


 ソイツらを使えば、国家間の問題くらいどうとでもできるだろう。


 だが、今回は勇者――正確には転生者が関わっている。


 転生者の関わる案件は、女神の手駒では持て余す案件だ。


 だから、俺に依頼をした。


 本当にそうか?


 女神が今回の件を俺に依頼した理由は“忙しい”から。


 “手に余るから”ではない。


 俺というイレギュラーを除けば、例え勇者の関わる案件であろうと、女神にとっては片手間に対処できるだろう問題だ。


 ならば、今回の件で女神では対処できない要素は何か?


 そんなもの決まっている。


「お前は、聖女――シルヴィアをどうしたい?」

『特に、これといってどうなって欲しいと、私は望みません』

「だったら――」

『ただ、あの子には幸せになって欲しいですから』


 幸せ、ね。


「……準備はできてるんだろうな?」

『勿論です。あとは隼人さんの思うままに』

「それでいいのか?」

『それでいいのです』


 なら、ここからは俺の好きなように行動しよう。


 責任は全て女神が持つ、ってことで。


『ふふっ、それは怖いですね』


 怖いなんて微塵も思ってないくせに。


 取り敢えず、アーロンには計画変更について謝らないとな。



***



「――ハヤトさん?」


 困惑した様子で俺の名前を口にするシルヴィア。


「どうしてここにいるんですか?」

「成り行きで」


 そう、俺がここにいるのは単なる成り行き。


 別にシルヴィアに同情したとか、そんなことは思っちゃいない。


 子どもを金の卵を産むガチョウとしか思っていないようなクズ野郎どもに、目に物見せてやりたいだけだ。


「単刀直入に言おう。シルヴィア、俺と一緒に来ないか?」

「……できません」


 そうなるだろうな。


 さて、ここからが悪い大人の腕の見せ所だ。


「どうして?」

「私は神聖教の聖女。勝手は許されない立場なのです」


 そう言うシルヴィアは純心でとても気高い。


 だが、その考えは愚かさの証明でもある。


「何のために生きているのか……」

「っ!」

「どうしてだと思う?」

「……」


 シルヴィアは迷っている。


 勇者と婚約を結ぶことを。


 聖国が魔王国に侵略することを。


 そこがシルヴィアの弱点に成り得る。


「俺は答えを知っている」

「先程の『幸せになるため』ですか?」

「そうだ」


 しばらく目を伏せるシルヴィア。


「……なぜ、その様に思うのですか?」


 その言葉が聞けた時点で勝ちも同然。


 俺は慎重に言葉を飾っていく。


「人には望まれて生まれてくるヤツもいれば、望まれなくても生まれてくるヤツもいる」

「そうですね、教会でも孤児の保護を行っています」

「本当にそうか?」

「……どう言う意味ですか」

「人ってのは望まれたから生まれてくるんじゃないのか?」


 この世界の人々は、大なり小なりスキルを持って生まれてくる。


 言い換えれば、スキルという名の祝福を与えられて生まれてくるってことだ。


 ならば人々は皆、女神が望んだから生まれてくるとも取れる訳だ。


「その女神はお前たち――神聖教に何を与えた?」

「……回復魔法?」

「なら、回復魔法は何のためにある?」


――回復魔法


 その効果は、怪我の治癒や病症からの回復など。


 苦痛を取り除く魔法だ。


「女神が幸せを願っていないなら、人に回復魔法なんて与えるか?」

「……与えないと思います」


 アイツのことだからそこまで深い考えは無いだろうが。


 大方、文明の発展の遅いこの世界で、人々が病死や魔物の脅威に立ち向かうための支援程度の理由だろう。


「ならシルヴィア、お前は今、幸せか?」

「どうして、そんなことを聞くのですか?」

「お前が、幸せそうに見えなかったからだよ」


 いつもニコニコしているお前だが、心の底から笑ったことはあるか?


 幸せを感じたことはあるか?


「……私は幸せですよ」

「本当に?」

「ええ、だって勇者様のような素敵な殿方に寄り添えるのですから」


 そういって、満面の笑みを見せてくれるシルヴィア。


「無理に笑顔を作らなくていいぞ」

「無理なんてしてませんよ?」

「人ってな、嬉しいときの笑顔って、口元から動き出すんだよ」

「……」


 沈黙するシルヴィア。


 そこに俺は畳み掛ける。


「人は幸せになるために生まれてくる。それは権利だ。そして、権利を得るためには義務を果たす必要がある」

「どんな義務ですか?」

「他人を傷付けないこと。笑顔でいること」

「……」

「お前は聖国が魔王国に侵略することをどう思ってる?」

「……」


 押し黙るシルヴィア。


 彼女は俺の問いに答えない。


「答えろ、シルヴィア。お前は本当に幸せか?」

「そんなの、分かるわけないじゃないですか!!」


 感情を爆発させるシルヴィア。


 彼女の頬を大粒の涙が流れていることは、この薄暗い室内でも分かる。


「戦争ですよ! 誰かが死ぬんです! そんなものが、正しい訳無いじゃないですか!!」

「……」

「勇者様なんて数回しか話したことがないんです! そんな人と婚約しろなんて言われても嫌に決まってます!!」

「……」

「教えてください、ハヤトさん! 幸せって、何なんですか!?」


 それは感情を押し殺してきた彼女の思いなのだろう。


 聖女の務めに専心し、束縛された日々を送ってきたシルヴィア。


 幸せの意味も知らず、縋るものは何も無い。


 ただ祈り、救われることだけを願ってきた。


 シルヴィアはわめき、その場に座り込む。


「その質問には答えられない」

「どうして!?」

「幸せの価値なんて人それぞれ。俺の考える幸せが、お前にとっての幸せだとは限らない」


 俺は一旦、シルヴィアが伸ばした手を振り払う。


 突き放された彼女の瞳から涙が零れ落ちる。


「少なくとも、ここにお前が望むような幸せはない」

「だったら――」

「だから一緒に来い、シルヴィア」

「っ!」

「お前が幸せを見つけたいなら、俺が手を貸そう」


 俺はシルヴィアに手を差し伸べる。


 その手を彼女は躊躇いなく取った。


 本当、俺は最低な人間だよ。



***



 俺はシルヴィアを横抱きに窓から出る。


 教会本部を一言で表すならば、小さな街だろう。


 宮殿のように豪華な神殿は巨大かつ複雑で、尖塔や別館などの建造物がいくつもある。


 異変に気付かれた場合も考え、迅速にここから脱出する必要がある。


 夜闇に紛れやすいように、俺とシルヴィアは黒い外套に身を包み、屋根伝いに移動していた。


 そしてヴィーと落ち合う予定の尖塔真下に近付いたとき。


 爆発とともに、宮殿の一部が崩壊する。


 シルヴィアを片腕で抱きかかえ、飛ばされてきた人物を受け止める。


 それは今から合流する予定のヴィーだった


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