第29話 『聖女として』



 私は聖女として育てられてきました。


 物心つく頃には聖典を学び、祭事における知識を身に付ける。


 修行として数日に及ぶ瞑想や断食は辛かったですが、一番辛かったのは魔物の殺生。


 人としての階位を上げ、より上位の魔法を行使するために、他の生物を殺すことは非常に効率が良い。


 初めて生物を殺したのは五つの頃。


 教会の聖騎士が弱らせた魔物に、渡されたナイフで止めを刺す。


 小さな子どもに力なんてあるはずもなく、魔物が息絶えるまで何十回とナイフを突き刺す必要があります。


 肉を断つ感触。


 響き渡る悲鳴。


 泣きながら、何度もナイフを振り下ろします。



 十二になると、正式に聖女として認められました。


 祈りや祭事、殺生などの務めに、商人や貴族、王族との面会が加わります。


 パーティーにも出席する機会が増えました。


 煌びやかなイメージを持っていた社交の場。


 でも、そこにはドロドロとした人の欲望に塗れていました。


 同時に、暗殺の標的にされることが増えます。


 食べ物や飲み物に毒を盛られることもしばしば。


 暗殺者に胸をナイフで刺されることもありました。


 とは言え、私は聖女。


 幸いなことに回復と解毒の魔法のお陰で死ぬことはありませんでした。


 それでも、あの魔物がどんな気持ちでナイフを突き立てられていたのか、少し分かった気がしました。



 十六になったある日。


 教主様や枢機卿の方々と祈りを捧げていると、一人の少年が現われました。


 私の側付きである聖騎士が、少年を間者として排除しようと剣を抜く。


 しかし少年はどこからともなく取り出した煌びやかな剣で、聖騎士を制圧してしまいます。


 その様子を見て、教主様は彼を勇者と崇め始めました。


 枢機卿や祭司の方々もそれに続き、少年を崇め讃える言葉を紡ぎます。


 少年は丁重にもてなされ、その存在は厳重に秘匿されました。


 その頃からでしょうか?


 魔王打倒の風潮が勢いを増し始めたのは。


 勇者との繋がりを強めるため、私と婚約させる話しも出てきました。


 しかし、女神様は魔王打倒を望んでいるのでしょうか?


 戦争ともなれば多くの人々が苦しみます。


 ……分かりません。


 勇者に剣を向けた私付きの聖騎士は、翌日から別の聖騎士に代わっていました。



 ソミア大森林の調査が終わり、国に帰ると魔王国との戦争の話が本格化していました。


 もう、引き返せないところまで来ています。


 それと同時に、噂程度だった私と勇者の婚姻の話が確実視されていました。


 婚礼の儀に身に付けるドレスが仕立てられ、パレードの準備が整えられていきます。



***



 ドレスの採寸をする合間、なぜか不意に昔のことを思い出す。


 昔一度、本をいただいたことがありました。


 その方は良家のお嬢様で、私に「幸せとは何か」とお聞きになった。


 その問いに答えられず、困る私にお嬢様は本をくださった。


 本といっても子どもに読み聞かせることを目的とした絵本で、白馬の王子様がお姫様を迎えに来るストーリーだった。


 結局その本は教主様に捨てられてしまったけれど、なぜかあのストーリーは鮮明に残っている。


 あのお嬢様はどうしているのでしょうか?



 茨に囚われたお姫様。


 あのお嬢様は、物語のお姫様と同じだと言いたかったのでしょうか?


 教会という茨に囚われる私を。


 それならば私にも、白馬の王子様は現われてくれるのでしょうか?



***



 パレードから晩餐会に移り、予定されていた催しが終わる頃には夜も更けていました。


 明日は、いよいよ出陣式。


 魔王国との開戦が予定されている日。


 私のいないところで、全てが決められていく。


 私の生き方も、進むべき道も、結婚する相手も……。


 私が決めたことは何一つ無い。


 私は――


「――何のために生きているの?」

「幸せになるために決まってるだろ」


 何とはなしに口を衝いた問い。


 それに答える声。


 この部屋には私しか居ない。


 となれば必然的に、声の主は私を狙う暗殺者。


 だけど、その声には聞き覚えがあった。


 だからでしょうか?


 普段なら声を上げ、人を集めるはずなのに、その人の顔を見ようとしたのは。


 月明かりが人影を映し出す。


 それは――


「――ハヤトさん?」


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