第四章 勇者と聖女
第26話 思わぬ再会
ヴィーに浴場で抱きしめられるという過去一番の危機は、
全力投球した風呂桶は粉々に砕け散ったが、あの状況を切り抜ける為には安いものだ。
……まあ、女神にはいずれ礼を言っておこう。
アイツも何だかんだ、俺のことを助けようとしたんだから。
タオル一枚で突入してきて余計状況をややこしくしたとか、決して思ってはいけない。
夕食時に正面に座るヴィーの顔が能面みたいだったのも、全て
***
ヴィーの奇行から一夜。
彼女の使う転移魔法によって、俺たちは再びルミキスカの町にやって来ていた。
まあ、俺は当分ここに来るつもりはなかったのだが。
「久し振りだな、アーロン」
「お久しぶりです、ハヤト様。そしてヴィーさん」
ギルド長室を訪れるのも三度目。
これも女神から頼み事をされたのが原因だ。
「本日はどの様なご用件で?」
「聖国についてだ」
本人は仕事があるからといって詳しい話はしなかったが、アーロンに聞けば分かると言っていた。
「どちらでその話を?」
「女神から」
「……やはり。では、あの噂は出鱈目ではなかった訳ですか」
既に面倒事の匂いがする。
詳細を聞くと、近々お隣の国で大規模なパレードが行われるらしい。
その目的は魔王の討伐。
ここで言う“魔王”とは、世界を滅ぼそうとする存在でも何でもなくて、単なる一国の王。
魔族と呼ばれる種族を統べるから、単に魔王と呼ばれているだけだそうだ。
何だ、国と国の喧嘩か。
「300年くらい前になります。当時の教主が宣戦布告して以来、聖国と魔王国は敵対関係にあります」
「その言い方からして、その二国だけの問題じゃないんだろ?」
「ええ、まあ――」
アーロンによると、聖国はファンタジー世界にありがちな神官を輩出する国らしい。
そして神官と言えば回復魔法。
魔物のいるこの世界では、回復魔法の需要は高い。
よって魔王国と敵対する理由の無い国であっても、聖国の意向には逆らえない状況なんだとか。
一方の魔王国は、人間よりも能力の高い魔族が中心の国。
多数の国を相手に300年間滅びていないことからも、その国力は侮れない。
「ですが今回、聖国は同盟国から友軍を募り、魔王国へと攻め入るそうです」
「……大丈夫か? その聖国」
現状、拮抗状態にある国が戦っても、どちらも大きな被害が出るだけだろ。
俺は軍師でも何でもないが、良くて痛み分け。
最悪、人間側が負けると予想する。
「私もそう思います。ですが今回、聖国にも勝算があるようで――」
……何となく理解した。
力が拮抗する相手に攻めに出る理由。
でもって、相手は魔王とくれば――
「聖国はパレードで“勇者”を発表するという噂です」
***
結論から言えば、女神的には魔王国と聖国の戦いは止めたいらしい。
一番の理由は、戦争が勃発して大量の死者が出ると、世界のバランスが崩れるから。
輪廻転生とか魔力の流れとか、仕事が一気に増えるのだとか。
本人曰く「やっと2,000年前の件が落ち着いてきたのに」と涙ながらに言っていた。
そして次点に、自分が侵略を正当化する為の大義名分になりたくは無い、と。
「私は創造の神であって、暴力とか破壊とかはハヤトさんの担当です!」、と。
手加減なしのデコピンで黙らせた。
俺としては、どこで誰が死のうが知ったことではない。
ただ、女神の仕事が増えるのは許容できない。
元社畜として、同志の勤務形態がブラック化しつつあるのは心にくるものがある。。
それに、俺が今この世界で生きているのは、元を辿れば女神のお陰だし。
多少の面倒事は引き受けてやろうと思う。
アーロンとの会話を終え、討伐者ギルドを後にする。
ギルド側としても、戦争は賛同できないらしい。
大量の死者はアンデッド発生の一因になり、大規模な行軍によって魔物の生息域が変化した結果、甚大な被害が出ることもあるそうだ。
よってアーロンも、聖国の進軍抑制に力を貸すとのこと。
しかし、アーロンは討伐者ギルドの長。
色々と準備が必要になる立場だ。
仕事や予定の調整のために一日時間が欲しいらしい。
せっかくなので町をぶらつく。
……。
普通に町だ。
当たり前だよな。
アニメとかRPGだと町中は賑わいのあるイメージがある。
だが、そんなことある訳ない。
人々は昼に働き、夜は家で過ごす。
活気のある市だとか酒場で騒いだりだとか、そんなものは現実的じゃない。
つまらない。
「もしかして、芝さんですか?」
ヴィーに言って帰ろうとした時、俺を呼び止める声が聞こえた。
そちらを見ると、懐かしい日本人顔の青年。
だが、顔の構造が懐かしいだけであって、青年とは知り合いではない。
……いや、待て。
もしかして――
「小鳥遊君か?」
「やっぱり、芝さんだ!」
同郷の友人とこんな所で再会するとは思ってもみなかった。
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