閑話 とある魔女の苦悩



「――ぁっ」


 たっぷりとたたえられた湯に体を浸せば、自然とため息がこぼれた。



 グランドイーターに遭遇した時は、死を覚悟した。


 相手はアタシの魔法がまったく効かない魔物。


 とっておきの上級魔法ですら、精々が注意を逸らす程度の威力でしかない。


 その隙にエイルが攻撃したけど、それも無意味だった。


 一撃で瀕死になったエイルに聖女ちゃんが回復魔法を掛けたけど、グランドイーターを退けられなければ仲良くアイツの胃の中。


 ゆっくりと、アイツの黒い口が開いた。


 だけど、死ななかった。


 アタシたちの前に現われたのは一人の男。


 普通の村人にも見えるソイツが現われたとき、あのグランドイーターが恐怖を感じていた。


 そして男は素手で――それもたった一発殴っただけで、アタシたちが手も足も出なかった第一種指定生物を仕留めて見せた。


 目の前の有り得ない光景に、アタシも参っていたんだと思う。


 八つ当たり気味に回復薬を無心したり、誘われるままに付いていったり。


 まあ、エイルが倒れた状態で夜を切り抜けることなんてできないから、どのみち選択肢なんて有って無いようなものなのだけど。


「……」


 湯を掬い取り、弄ぶ。


 冷静になって考えてみれば……そういうことなのよね。


 男が女を連れ込む理由なんて、一つしか思い浮かばない。


 屋敷に来て一番に言われたことが「風呂に入ってこい」だもの。


 ……覚悟はできた。


 考えてみれば、魔物に食われるよりはマシ。


 一晩で命が助かったって考えるなら安いもの。


 湯から上がる。


 髪を洗うために石鹸を泡立てる。


 良い匂い。


 ベタ付かないし、水分を奪われない。


 かなり上物の石鹸ね。


 魔法で清潔にはしていたけれど、一日で随分と汚れてしまった。


 髪だけでなく体も入念に洗い、再び湯に浸かる。


 ……。


 時間だけが静かに過ぎていった。




***




 逆上のぼせるかと思った。


 ヴィーと呼ばれてたメイドが呼びに来なかったら、危うく目を回すところだったわ。


「大丈夫か?」

「……ええ、問題ないわ」


 ヴィーの用意した服に着替え食堂に向かうと、テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいた。


「……」

「何してんだ?」

「……すごい料理ね」

「ヴィーの力作だ」


 ハヤトは食前の祈りらしきものをした後、食事を食べ始めた。


 探索中は携行食料が主食だった。


 だから、これが久し振りのまともな食事。


 眠っている二人には悪いけど、いただきましょう。


 メインの肉料理に自然とフォークが向かっていった。


 ……美味しい。


 淡泊だけど、咀嚼するごとに肉から旨みが溢れてくる。


 添えてあるソースに付けて食べると味が変わり、違った美味しさが舌を楽しませてくれる。


 ……あれ?


 この肉。


 何かの肉に似ている気が――


「そちらはグランドイーターのポワレです。気に入っていただけましたか?」

「!?」


 危なかった。


 危うく吹きそうになった。


 そ、そうなの。


 この肉、グランドイーターのだったのね。


 いえ、蛇肉は普通に食べるのだけど、ちょっと前までアタシを食おうとしてた魔物が食卓に並んでいるのは……流石に驚いたわ。


 驚いたんだけど。


 目の前の奇行の方が驚いた。


 ハヤトは隣に座るヴィーに自分の料理を食べさせている。


「アナタたち、何してるの?」

「いや、またヴィーが自分の分の料理を作り忘れたから」

「この方が美味しく感じます」


 よく分からない。




***




 食後。


 ヴィーに案内されて、宛がわれた部屋に向かう。


 かなり広い。


 調度品はないけど、腰を下ろしたベッドはとても柔らかだった。


 服を着替え、シーツに包まれる。


 覚悟が揺らぐ。


 魔法、魔道具の研究のために冒険者をやって来た。


 血なんて数えられないくらい見たし、この手で命を奪ったことも一度や二度ではない。


 だけど、アタシは緊張していた。


 こんなのでも女だったって訳ね――




***




 ……いつの間にかアタシは寝ていた。


 気付いたら窓の外には朝日が。


 結局、アイツは部屋には来なかった。


 とても、清々しい朝だったわ。


 ……。


 何なのよ!


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