第5話  転生二日目の朝、目が覚めたら隣には女神様が眠っていた



 窓――というか、木材を刳り抜いただけの穴だが――から差し込む日差しに目を覚ます。


 朝の森の香りが鼻腔をくすぐる。


 早朝の森なんて、高校に行った林間学校以来だ。


 湿り気の少し多い空気には、木々や草の良い香りが一杯に溶け込んでいる。


 マイナスイオンなんてものの効果には疑問点が残るが、マインドフルネスやアロマセラピー的な意味での精神安定は見込めるとの感想が思い浮かんだ。


 まったく、これだから歳は取りたくない。


 そういった論理的な思考は、折角の清々しい気分を台無しにするだけだ。


 こういうときはただ、新鮮な空気を胸一杯に吸い込むだけでいい。


 深く、深く深呼吸をする。


 脳に酸素が共有されるのが分かる。


 十分な睡眠のお陰か、随分と頭がスッキリとしている。


 思えば、久し振りにまとまった睡眠を取った。


 最後に丸一日休めたのなんて一ヶ月は前のこと。


 八時間以上寝ることなんて滅多にない。


 徐々に覚醒していく思考。


 俺は昨日の出来事を思い返す。


 トラックに轢かれて異世界に転生させられたかと思えば、腹黒女神に魔物が大量に生息する森に飛ばされ、襲い掛かってくるソイツらを片っ端から殴り、最終的にはドラゴンと一戦交えたりと散々な目に遭った。


 それでも何とか寝床をつくり、素晴らしい睡眠を手に入れることができた。


 とは言ったものの、本当に形だけの寝床。


 ログハウスをモチーフに、簡易的に建てた小屋は約10畳の1L構造。


 当然ながらベッドなんてものはなく、地面に直接横にならないため雑に置いた板の上に、昼間に狩った魔物の毛皮を敷いた寝床。


 お世辞にも寝心地が良いとは言えない。


 それでも無いよりはマシだった。


 若干体の節々が痛いけれど、疲れていたからかぐっすり眠ることもできた。


 小鳥のさえずりをBGMに、体を捻ったり伸ばしたりしてコリを取る。


 なんて清々しい朝なのだろうか。


 あれだけ忌々しかった朝が出社する必要のなくなった途端に素晴らしいものだと思えてくる。


「あんっ……」


 ……。


 なんか、右手に柔らかい感触が。


 反射的にそちらへ目を向けると――


「女神サマ、何でアンタがここにいるんですか……」


 どこか見覚えのある女神サマの姿があった。


 ……。


 魅惑の感触から努めて手を離す。


 その正体については、あえて語るまい。


 女神サマは疲れている様子で、毛皮の上で小動物が冬眠するように丸くなって眠っている。


 ……状況が見えてこない。


 何でコイツがここにいるんだ?


 そもそも、いつここに来た?


 そしてなぜ俺の隣で寝ている?


 訳が分からない。


 女神サマの着衣は寝返りによって多少乱れてはいるが、特にはだけてもないし汚れもないので、事後というわけではないだろう。 


 第一、俺は昨晩早々に寝た。


 そう考えると、女神サマがここを訪れたのは十中八九俺が眠った後だろう。


 何か悪巧みをしていそうだが、特に何かをされた感じはしない。


 体に異常は無いし、ログハウス内部に目立った変化も見られない。


 外にも目をやるが、昨晩斃したドラゴンの死骸が見えるだけ。


 ただの思い過ごしか?


 いや、この女神に限って何もしないなんて事はないだろう。


 ……。


 それにしても、よく寝てるな。


 しばらくしても女神サマは一向に起きる気配がない。


 小さく寝息を立てながら、俺のシャツの裾を控えめに握っている。


 顔と仕草だけは可愛いんだよな。


 俺を魔物がひしめく森の中に放り込んだ憎き相手とは言え、この寝顔を見た後で無理に起こすのは気が引ける。


 女神サマがどういった目的でここを訪れたのかは、本人が起きたら問い詰めるとしよう。


 仕方なしに、俺はシャツを掴む女神サマの手を軽く解いて小屋を出る。


 意識が完全に覚醒すると、途端に腹が空いてくる。


 そこで俺は朝食を摂ることにした。


 昨晩襲ってきたドラゴンの死骸から肉を拝借。


 ロースとかバラとか、食用に適した部分の肉を食いたいところだが、生憎と解体するための刃物がない。


 昨日と同じく、ドラゴンの指の部分を引き千切る。


 鱗と爪を剥いで、力任せに皮を剥き、そこらの樹の枝を適当な長さに折って刺す。


 最後に燻っていた『竜の息吹ドラゴンブレス』をおこし、肉を火に掛ける。


 一晩経っても残り続ける『竜の息吹』の火力に感心するとともに、その便利さを有り難く思った。


 肉が焼けるまでに時間が掛かるので、その間に付け合わせを探す。


 森に入り、果実を集める。


 この森は自然の恵みが豊富に実っていた。


 大小さまざま、赤や黄色、青に紫の果実を実らせた果樹が至る所に生えている。


 その中でも特に俺が気に入ったのは、小指の先より少し大きいサイズをしたブルーベリーのような果実だった。


 甘みが強く、それでいてピリッと染みるような強い酸味が特徴の果実。


 肉の箸休めとして食べると、脂で疲れた口の中をリフレッシュしてくれる。


 他にもキノコや山菜らしきものなどを多く見かけたが、毒やアク抜きで不安が残るので採集は見送った。


 表面積の大きい葉をボウル代わりに果実を集める。


 小屋へ戻ると、良い感じに肉が焼けていた。


 肉を刺した枝を火から下ろし、一口囓る。


 ……完璧だ。


 程よく赤身の残ったミディアムレアの焼き加減。


 食欲をそそる脂の香り。


 咀嚼を重ねれば肉汁が溢れ出し、口内に幸せな旨みが広がる。


 朝っぱらから肉はキツいかとも思ったが、素材が素材ドラゴンということもあって病み付きになる。


 一度だけ食べた高級和牛なんかとは比べ物にならない。


 水分補給と脂のリフレッシュを兼ねて、リンゴのような果実を一口。


 少し青いのか酸味が強い。


 だがその酸っぱさが逆に癖になる感じだ。


 続いてベリーも口に放り込む。


 強い甘みと酸味が広がり、舌を楽しませてくれる。


 さっぱりしたところで、俺は肉に齧り付こうと口を開き――


「~~~~!?!?」


 危うく肉を取り落としそうになった。


 言語化できないような絶叫がログハウスの中から響く。


 どうやら女神サマのお目覚めのようだ。


 俺は食べかけだった肉をその場に置いて、ログハウスへと向かう。


 アイツの要件は何だろうか?


 もし気に入らない内容だったら一発くらい殴ろう。



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