第4話 女神の思惑



「死ねや! このクソ蜥蜴!!!」

「グオォォン!?!?」


 体長10メートルはありそうな、黒っぽいドラゴンらしき生物の顔面に、俺は全力の拳を叩き込む。


 痛みと驚きでドラゴンは悲鳴にも似た叫び声を上げる。


 質量差だとか物理法則だとかは関係ない。


 拳を喰らったドラゴンの鱗に巨大な亀裂が生じる。


 直後、噴水のように溢れ出した血液が、赤く、鉄臭い豪雨を周囲に降り注がせる。


 地響きを立てて斃れるドラゴン。


 その息の根は完全に止まっており、微動だにしない。


 俺は頭からドラゴンの血を被るのも気にせずに、中断していた作業を再開する。



 現在時刻は不明だが、夜の帳が降りた空には満点の星々が輝き、巨大な月が貌を覗かせている。


 この優しく降り注ぐ白い光でさえ忌々しく感じる。


 連徹の記録更新と極限状態下に晒されたことによるストレス。


 肉体的、精神的にも追い詰められたことによって、既に俺の眠気と疲労は限界に達している。


 少なくとも、襲い掛かってくるドラゴンに対し、殴り殺すという選択肢を取るくらいには狂っていた。


 転生直後にゴブリンに襲われたあの後。


 森を進む俺には様々な魔物が襲い掛かってきた。



 アリやカマキリに似た姿をした虫系の魔物。


 オオカミやイノシシといった動物系の魔物。


 ハエトリグサやウツボカズラのような植物系の魔物。


 スライムやスケルトン、ゴーストなどのミュータント系の魔物。


 土や岩、樹、金属などで体が構成されたゴーレム系の魔物。


 そもそも生物か何かすら分からない魔物。


 最終的には今斃したドラゴンみたいな魔物まで襲い掛かってくる始末。


 はじめのうちはとにかく逃げた。


 灌木や茂みなどのブラインドを利用して極力戦闘を避け、森からの脱出を目指す。


 森の広さも、魔物の強さも不明なため、無駄に体力を消費することは愚策だと考えたからだ。


 だけど、この時の俺はこの森のことを完全に舐めていた。


 行く先々にはどこでも魔物の姿があった。


 逃げ、隠れを繰り返し、常に周囲を軽快する中、俺は次第に神経をすり減らしていった。


 飢えと渇きは限界を超え、眠気はとうの昔にピークに達している。


 キレるのに、そう時間は掛からなかった。


 あれは、確かサル系の魔物だ。


 森の中を進んでいると、頭上の樹から石や枝を投げてきたり、他の魔物から隠れていると露骨に騒ぎ出したりと何かとウザいヤツだった。


 そのバカにしたような態度に我慢の限界に達した俺は――サルの登っていた木の幹を殴り折りった。


 明らかに異常な力だが、その時は自分の行動を気にも留めなかった。


 ただ俺の胸中には、小馬鹿にしたような態度を取るウザいサルを殺したいという、黒い感情だけが渦巻いていた。


 想定外の事態に受け身を取ることもできず落ちてきたサルを踏み潰す。


 一撃でサルの頭蓋が砕けるが、それだけで俺の気は収まらない。


 何度も、何度もを踏み潰した。


 ああ、そうか。


 このサル、誰かに似てると思ったら、係長の宮沢に似てるんだ。


 宮沢はいつも社内を徘徊して、ミスしたヤツがいるとすぐに講釈を垂れ流すヤツだった。


 社員をいびってる暇あるなら、代わりにお前が仕事すればいいだろうが!


 気付けばサルは原型を留めていなかった。


 そこからは、隠れるのを止めた。


 襲い掛かってくる魔物を片っ端から殴りつける。


 一発魔物を殴るごとに心の奥底に溜まった澱が流れ、一匹魔物を殺すごとに気分が澄み渡っていくようだった。


 それを半日も繰り返す頃には、すっかりと気分が晴れ渡り、心も体も軽くなっていた。


 ただ、気付いた頃には落ち、夜になっている。


 心地よい疲労と眠気に身を任せても良かったが、魔物のいる森で無防備な姿を晒すのは気が引ける。


 そう考えた俺は、できる限り魔物の生息数が少ない場所を探し、近くの山の麓にある開けた場所に目を付けた。

 

 日当たりが良く、見晴らしも良い。


 なおかつ、周囲には魔物らしき生物が全くと言っていいほど姿を見せないことが決め手となった。


 手頃なサイズの樹を伐採していく。


 数十本ほど集めたら次は加工。


 造ろうとしているのは小さなログハウスなので、組み合わさるように樹の幹を殴って抉り取る。


 早期退職したら田舎に住もうと思い、ネットで調べていたことが役に立った。


 作業の途中で冒頭のドラゴンに襲われ、ブレスによって半分近くの木材が焼けるハプニングもあったが、その火を流用してドラゴンの肉を焼いた。


 製作開始から一時間余り。


 不格好ながらもログハウスが完成する。


 初めてにしてはいい出来だ。


 折角だから、この森を拠点にするのも良いかもしれない。


 そう考えるも、俺の眠気はこれ以上我慢することが難しい段階にきていた。


 今後の具体的な計画は明日にでも考えることにして、さっそく就寝のための準備を始める。


 ベッドや布団といった寝具が欲しいところだが、そんなものがあるはずもない。


 樹を裂いて平らな面を作って床の代わりにし、その上に昼間狩ったクマのような魔物から剥いだ毛皮を敷く。


 毛皮が血生臭い。


 探索の途中で見つけた川で血や皮下の脂を洗い流したりしのだが、やっぱり処理が甘かった。


 まあ、寝られないほどじゃない。


 さっきまで焚き火の側に置いて乾かしていたからか、毛皮はとても温かで眠気を誘う。


 丸めたジャケットを枕代わりに横になると、すぐさま瞼が落ちてくる。


 俺の意識は闇の中に溶けていった。




◆◆◆




「思ったよりも早かったですね」


 12人の転生者を送り出したその日の晩。


 私は転生者の一人が造った粗末な小屋を訪れていた。


 目的は『神の欠片』の回収。


 私が管理するこの世界は、長らくリソース不足に悩まされている。


 そこで思いついたのが、転生者を利用したリソースの生産。


 私の力の一端である『神の欠片』を呼び水として、より多くのリソースを生み出す計画である。


 欠片は『スキル』として発現し、使用者が他の生物を殺すことにより、殺した生物の持つリソースを吸収、爆発的な成長を遂げる。


 転生者の素体に関しては、近くの管理者が存在しない別世界に丁度良いモノが12ほどあった。


 本来ならば世界の循環の観点から、この世界の魂を利用したいところではあるが、『神の欠片』が馴染まないので断念する。


 この世界は私が創造したものだ。


 当然そこに住む生物も私の力の影響を受けているため、『神の欠片』を宿そうとすると反発してしまう。


 転生者を利用するのも同じような理由のためだ。


 私が創造した存在は私と性質が似るので、そこへ『神の欠片』を宿しても意味が薄い。


 リソースの回収はできるだろう。


 ただ、『スキル』の成長スピードが大幅に減少するため、結果的に新たなリソースの生産量は少なくなってしまう。


 創造してから時間が経過している者ならば『神の欠片』が成長する幅も大きくなるだろうが、彼女たちを使い潰してしまうには余りにも惜しい。


 それにしても、この転生者は良く生き延びたものだ。


 私に対して不遜な考えを持っていたので、この世界でも有数の魔境に飛ばしてやったのだが……まさか生存するとは思いもしなかった。


 その甲斐あって、転生直後にも関わらず、爆発的に『神の欠片』が成長している。


 ちょっとした遊びのつもりが想定外の幸運だった。


「それでは『神の欠片私の力』を返してもらうことにしましょう」


 『神の欠片』は魂に宿る。


 よって、それを取り出された魂は例外なく崩壊する結末を辿る。


 当然、魂が崩壊した生物は生命活動を継続することなどできようはずもなく、その先には死が待ち受けている。


 どうせ死ぬ運命だったのです。


 あのまま死んでも、今私に殺されるのも変わりないでしょう?


 私は『神の欠片』を取り出すため、毛皮の上で寝息を立てる転生者に手を伸ばし――



 ――伸ばした腕を転生者が掴んだ


 まさか!


 コイツが就寝したことは確認したはず!


 これは私を油断させるための芝居だったの!?


 だが、転生者は一向に起きる気配はない。


 単に寝ぼけているだけ?


 安心したのもつかの間、私は掴まれた腕を振り解こうとするも、転生者の拘束から逃れることができない。


 神である私に抵抗できるだなんて、なんていう力……。


「きゃっ!」


 どうにかして拘束から抜けだそうとする動きを煩わしく思ったのか、転生者は私の腕を引き寄せるとそのまま両腕で抱きしめた。


 突然のことで声を出してしまったけど、転生者が起きることはない。


 それにしても、私を抱き枕代わりにするだなんて……!


 仕方がない。


 多少、回収できるリソースが減少するけれど、一度殺してから『神の欠片』を回収することにしよう。


「『冥府の紫焔インフェ』――んん!?」


 魔法の発動句を言い終えようとしたその時、不意に私の唇が塞がれる。


 重なり合う唇と唇。


 神である私に呼吸は必要ないけれど、なぜか頭がクラクラした。


「ちょっと……まっ、止め……っん!? ねぇ……んんっ///」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る