第6話 神様もブラックでした



「……何で私は正座させられているのでしょう?」

「自分の胸に聞けば分かると思うのですが?」


 膝を折り畳み、背筋を伸ばした綺麗な正座をする女神サマ。


 それを腕を組みながら見下ろす俺。


 意図せずしてこの構図になったが、特段気になる点もないのでこのまま話を続ける。


「それで? 要件は何ですか?」

「その取り繕ったような敬語でしたら、使わなくていいですよ」

「何の用でここに来たクソ女神」

「貴方、結構口が悪いですよね」


 口が悪いんじゃなくて、お前に敬意を持てないだけだ。


 異世界転生なんて怪しいことやっておいて、さらに俺を魔物の跋扈する森の中に放り込んだ張本人に、敵意以外のどんな感情を向ければいい?


「いえ、貴方が胸の内は私に筒抜けなんですけど……」

「知ってる」

「まあ、元はといえば全て私が悪いので、この扱いは甘んじて受けましょう。それで、聞きたいのは私がここに来た理由ですか?」

「全てだ。俺たち12人を転生させた理由、俺をここに飛ばした理由、俺の所に来た理由。この三つを話せ」

「何だか尋問みたいになってきましたね。いいでしょう、貴方にはその権利があります。全て話しましょう――」


 そこからは転生前の態度が嘘であるかのように、女神サマは俺の質問に淡々と答えた。


 まずは事の発端から。


 俺たち12人をこの世界に転生させた理由は、世界の均衡を元に戻すためらしい。


 女神サマ曰く、世界が存続するためにはリソースが必要不可欠なのだとか。


 輪廻転生や事象の確定、ありとあらゆる現象がこのリソースのお陰で成り立っている。


 しかし今から約2000年余り前。


 どこかの馬鹿な人間の国がやらかした結果、リソースが大量に消滅。


 通常、余程のことがない限り、リソースは世界を循環しているのだが、この時は世界が滅ぶ一歩手前までリソースが減少したらしい。


 その事態を女神サマ以下眷属たちが手を加え、どうにか世界滅亡のシナリオは回避することに成功。


 それでも大量にリソースが失われた影響は計り知れなく、以降この世界は慢性的なリソース不足に陥っているらしい。


 近頃はその影響が顕著で、現状の打破を試みた女神サマは、ある計画を思いつく。


 それが転生者と『神の欠片』を使ったリソースの生産。


 栽培漁業よろしく転生者に『神の欠片』を付与し、成長したところでリソースに変換する予定だった。


「随分と素直だな?」

「……私も、色々と参っていたんでしょうね。他に幾らでも手段はあるはずなのに、視野が狭くなっていました」


 どうやら女神サマはリソース問題を解決するべく、約2000年ぶっ続けで世界の調整をしていたらしい。


 「まとまった睡眠を取るなんて、数百年ぶりです」とのことだ。


 いくら神と言えど、この女神サマは精々人間の上位種といった感じの存在らしく、肉体的疲労も精神的疲労も溜まるらしい。


 仕事に追われ、心がすり減っていく中、朦朧とした意識で思いついたのが今回の俺たちの異世界召喚計画。


 その時は名案だと思って実行したけれど、休息して余裕ができた今では、己の軽率な行動を恥じているらしい。


 二つ目の、俺の転生先がこの森だったのは『神の欠片』の試験だったらしい。


 『神の欠片』は『スキル』の使用によって成長するとともに、倒した生物からリソースを吸収する。


 そこで、この世界でも有数の魔物の生息地帯――つまるところ、俺が転生させられた森に転生者を放り込めば、短期間でリソースを吸収することができると考えた訳だ。


「それだと、転生直後で『スキル』の使用方法も分からない転生者は死ぬんじゃないのか?」

「だから『試験』なのです。転生者が生き残ればよし、死んでも特に問題はありませんでした

「死んだら拙いだろ。それだと『神の欠片』の無駄遣いになるんだから」

「その点は問題ありません。仮に『神の欠片』の保有者が殺させたとしても、その力は殺した生命に宿ります」


 それだと本末転倒じゃないか?


 確か、『神の欠片』は既存の生物に宿らせることができないから、俺たち転生者を使ったって話だっただろ。


 そう思って女神に聞くと、女神から直接与えなければ問題ないらしい。


 『神の欠片』の力をそのまま吸収することが問題なのであって、転生者に与えた『神の欠片』が『スキル』に変化した後ならば、既存の生物であっても問題なく吸収可能なのだとか。


 そして転生者を殺したその生物に、幾らかグレードの落ちた『スキル』が宿り、さらにその生物が殺され……というサイクルを繰り返す中で『スキル』は摩耗していき、世界にリソースが放出される仕組みになっているということだ。


 ちなみに、俺をこの森に飛ばしたのは、完全にランダムだそうだ。


 さて、残るは最後の質問だ。


「どうして俺の所に来た?」

「それは私が聞きたいところでもあります。昨夜、貴方の『スキル』が成長した反応があって、回収のためここに訪れたのです」

「……俺を殺すつもりなら抵抗するぞ?」

「今はそんなこと考えてませんよ。時間は掛かりますが、地道に世界を修復していくつもりです」


 ……嘘は吐いていない。


 今の女神サマからは申し訳ないという思いを感じる。


 それにしても、2000年連勤か。


 繁忙期にサービス扱いで一月近く連勤したことはあるけど、流石に年単位で働かされたことは無い。


 そうか、神様の職場もブラックだったのか。


 何だかこの女神サマに親近感湧いてきたな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る