第2話 女神様は異世界転生をご所望です



「皆さん、集まったようですね」


 何も無い白い世界に、鈴の音のような聞き心地のよい声が響く。


 ふと気付くと、周囲には俺と小鳥遊君以外にも、白く丸い形をした魂が漂っていた。


 その数、12。


 そして最も気になるのが、俺たちとは違って肉体を持った存在。


 彫刻と見紛うばかりの容姿をもった絶世の美女。


 キトンだったか?


 古代ギリシアの人が着るような布を身に纏った姿は、それだけである種の芸術作品めいた美しさを醸し出している。


 艶やかなピンクブロンドをしたロングヘア。


 虹を閉じ込めたような七色の瞳。


 その全てが人間を遙かに超越した存在であることを示している。


 きっと、コイツは――


『――神?』


 一人の魂が呟いたような、そんな感情が伝わってきた。


「はい。私はあなた方が生きていた世界とは別の世界の、いわゆる神という存在です」


 美女は魂の呟きに肯定を返す。


「私の名は****。いえ、あなたたちには聞こえませんね。ここでは『フィー』と呼んでください」


 美女改め女神フィーは、自己紹介をするとそっと微笑んだ。


 だが、そこで俺は我に返る。


 気付いてしまったから。


 美女の瞳の奥、ずっと深い所にある闇を。


 目元、頬、口元。


 顔のパーツが絶妙に関係し合ってつくり出す表情。


 ああ、嫌だ。


 だから俺はヒトが嫌いなんだ。


 一見すると聖母のように見えるコイツは、俺たちのことをゴミとしか思っていない。


 係長や社長、取引先の連中なんかでよく見た顔だ。


 女神、か。


 生憎と俺は神様とかは信じるたちだ。


 科学が発達した現代だからこそ、つくづくこの法則めいた世界は誰かの手によって設定されたんじゃないかと思うときがある。


 それに、人間なんて不完全で愚かな生物の代表例。


 いかにも超越者が面白半分で創りそうなモノじゃないか。


 内心では激しく嫌悪しながらも、俺はその考えを女神に気取られないように努める。


 とは言ったものの、相手は神。


 俺の思考なんて筒抜けなのかもしれない。


 そんなことを考えている間にも、女神サマの話は進む。


「あなたたち12人には転生の機会が与えられることになりました。つきましては、私の管理する世界に招待します」


 世の男なら須く見惚れるであろうアルカイックスマイル。


 もしこの中に信心深い人間がいたのなら、涙を流して祈りを捧げることだろう。


 もしこの中に、生前は芸術を生業としている人間がいたのなら、この光景を後世に残せなかったことを悔いるだろう。


 俺は思わないけど。


 転生のチャンス?


 字面からして胡散臭さ満点だ。


 旨い話の裏には何かがあると邪推するのは正しい反応。


 幸いにして、他の魂たちの中にも同じ事を考える者はいたらしい。


 俺たちの訝しむ雰囲気を察してか、女神は言葉を付け加える。


「安心してください。あなたたちには異世界で生きていけるだけの力を授けます」


 女神サマ曰く、あちらの世界の名は『フィアレデント』。


 オーソドックスな剣と魔法のファンタジー世界らしい。


 魔物という、猛獣に似た人類の脅威となる存在があるため文化の発達は遅れ気味。


 生活水準も現代と比較にならないくらいのもの。


 そのような場所に俺たちを放り込んでも生きていくのは厳しいだろということで、この女神サマは神の力の一端である『神の欠片』を俺たちにそれぞれ1つ与えるとのことだ。


 『神の欠片』を宿すことによって、俺たちは特殊能力『スキル』を使用できるようになる。


 『スキル』は個人によってことなり、運動能力の強化や魔法の使用が可能になるなどの効果が期待できるそうだ。


 そして、『神の欠片』は『スキル』の反復使用によって成長し、より強力な力が振るえるように変化するという。


 そして、女神サマから俺たちへの要求は――これといって無い。


 むしろ好きに生きて良いと言われる始末。


 てっきり「魔王を倒せ」だとか「文化を発展させろ」だとか言われると考えていた俺としては、さらにこの女神サマへの不信感が増した。


 『神の欠片』は間違いなく神の力の一端。


 神話の世界の神たちは、皆、己の信仰や権威には貪欲だった。


 それを何の見返りも求めず与えるということはあるのだろうか?


 つまり、俺たちに『神の欠片』を与えることの方が目的?


 だとしたら何故?


 ……分からない。


 何とも怪しい話ではある。


 だが、拒否することもできない。


 ここで女神サマの機嫌を損ねることはリスクが大きい。


 一度は死んだ身ではあるが、生きられるなら生きたいと思ってしまうのが人のさが


 どちらにしろ、大人しく従うしかないか。


 女神サマがその場で腕を掲げると、宙には12の小さな光の粒が浮かび上がる。


 これが『神の欠片』。


 遠目に見るだけでも力を感じる。


 次に女神サマが腕を下ろすと、俺たちの中に『神の欠片』がスッと入っていった。


 ……特に、これといった異常はない。


 それでも油断はできない。


 あちらの世界に行っても、極力この『神の欠片』由来の『スキル』は使用しない方向で行動しよう。


「それでは、あなたたちを向こうの世界へと送ります」


 現在、魂だけの存在である俺たちだが、送られた先で新たな肉体がつくられるらしい。


 肉体は生前のものがベースになるが、これは魂と肉体の定着を考えてのことだと女神サマは言っていた。


 俺たちの魂を魔法陣らしきものが包み込み、次第にこの空間の景色が薄れていく。


「よい人生を――」


 そう言って微笑む女神サマは、最期に俺を見ていた気がする。


 彼女の瞳の奥は、相変わらずドロドロとした闇が広がっていた。


 その目に途轍もない不安感が湧き上がる。


 ただ、俺にはどうすることもできない。


 魔法に身を任せ、転送されるのを待つのみ。


 直後、周囲の景色は完全にホワイトアウトし、俺は異世界『フィアレデント』に飛ばされた。



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