第一章 はじめまして、クソ異世界

第1話 白い世界で



――白い世界


 空も


 大地も


 地平線の先も


 四方八方、どこを見ても何も無い。


 ただひたすらに、純粋な白がどこまでも続いている。



 俺はただ呆然と、この“無”を眺めていた。


 どれくらい時間が経過したか。


 そこでふと、俺は違和感に気付く。


 体の感覚が無い。


 腕を上げようとしても手をどうやって動かしていたのか思い出せない。


 そもそも、自分の顔がどこにあるのかすら認識できない。


 触覚はナシ。


 視覚は微妙。


 この真っ白な世界は俺が見ているのか、それとも見えないから白いのか判別不明。


 嗅覚については、そもそも顔が分からないんだから確認の仕様が無い。


 同じく、味覚についても。


 ということは、やっぱり目は見えていないのだろうか?


 さっきから呼吸ができていないが、そもそも肉体の感覚すら無いのにどうやって呼吸するんだって話だ。


 ……おや?


『何だ? この丸っこいの』

『何だろう、この白いの?』

『『ッ!?』』


 目の前に白くて丸いものが浮かんでいると思ったら、どこからか声が聞こえてくる。


 ボイスチェンジャーにでも通したみたいに、酷く不明瞭で聞き取りづらい声だ。


 ひょっとすると――


『あのう、もしもし? 誰か聞こえますか?』


 やっぱり、目の前のこの白い物体から声が聞こえてくる。


『ええっと、すいません』

『あっ、声が聞こえる! すみません、ココってどこなんですか!!』


 どうやら目の前の白い物体は焦っている様子だ。


 ん?


 待て、コイツさっき何て言った?


 『?』とか言わなかったか?


 つまり、俺の姿も、コイツと同じ白い物体ってこと――


 その考えに至った瞬間、頭に激痛が走り、いくつかの光景がフラッシュバックする。


 ヘッドライトの眩しさ


 千切れる手足


 流れ出る血液


 遠退く意識


 そうか、俺、死んだか。


 十中八九、この白くて丸い何かは魂とか霊魂とか、そういった類のものだ。


 そして俺も、同じ状況に立たされている。


 肉体から離脱し、意識のみがこの空間に存在している。


『――の! あの!』

『……最期の記憶は?』

『へ? さ、最後?』

『死んだんだよ、俺たちは』

『な、何を言って――うッ!!』


 目の前の魂の輪郭がブレる。


 きっと、生前の記憶――それも死んだとき記憶を追体験しているんだろう。


 歪に形を変化させていた目の前の魂は、しばらくすると元の丸い形に戻った。


『……貴方も、亡くなったんですか』

『そうみたいですね』

『ああ、そうか、死んだんだ』


 俺もそうだけど、目の前の魂も前世に未練は無いらしい。


 いや、この感じだと、まだ自分が死んだことを受け入れ切れていないのか?


『どんな最期だったんですか?』

『自分、トラックの運転手だったんですよ。次の現場まで積み荷を運ぶ途中、人を轢いてしまって』


 あれ?


 雲行きが怪しい。


『会社のせい……にはできませんね。確かにスケジュールは過密で、ブラック労働と言っても過言ではありませんでした』

『あの――』

『それでも、あの人を轢いてしまったのは、他ならぬ僕です。誰かのせいにして自分の罪から逃げるなんてことは――』

『あの! 多分それ、俺です』

『え?』

『轢かれたの、多分俺です』


 ゆらゆらと揺らめいていた目の前の魂だったが、しばらくすると我に返ったように輪郭を変形させる。


『あっ、も、申し訳――』

『いや、いいんだよ。アレはどっちかって言うと俺が悪い』

『……へ?』

『あの時、帰宅途中で意識が朦朧としてて、多分俺が飛び出したんだ。だから、貴方は悪くないと思う』


 そうだよな。


 ほんと、何で歩道から飛び出したんだろ?


 途中で仮眠は入れてたけど、ほぼ三徹は流石に無理だったか。


 俺も来年で三十路だし、体力落ちてるところに無理が祟ったんだろうな――なんて思うわけねぇだろバーカ!


 クッソ、あの会社!


 福利厚生は文明社会の基本中の基本だろうが!


 今時ブラック企業とか頭湧いてんじゃねぇの?


 お上から通達来て何回かしょっ引かれてるだろ!


 なのに、いつまで経っても「納期が迫ってる」だとか「取引先との兼ね合いが」だとか、いい加減にしろってんだよ!!


『あ、貴方も大変だったんですね』

『……悪い、全部出てた?』

『はい、お疲れだったみたいで』

『『……』』


 気まずい沈黙が流れる。


『僕、小鳥遊 蓮って言います。貴方は?』

『芝隼人です』

『隼人さんですか。何だか、ヘンな縁ですね』

『そうですね』


 小鳥遊君は俺より3つ下の26だった。


 魂だから顔は分からないけど、話した感じから生前は好青年だったのではないかと想像できる。


 俺を轢いたのだって、会社じゃなくて自分の責任だと感じるくらいだからな。


 この歳になって、それも死後の世界で友人ができるなんて夢にも思わなかった。


 できれば、もっと早くに話したかった。


 普段なかなか人と話をする機会のない俺にとって、小鳥遊君との会話はとても楽しい。


 まあ、それも短い間だとは思うが。


 死んだからには、俺たちは閻魔様にでも裁判にかけられるのだろうか?


 そもそも天国や地獄なんてものは存在しなくて、ただ単に消えてなくなるのだろうか?


 折角できた友人なだけに、少し寂しく感じる。


 思えば、生前も何かと理由を付けては人と接することを避けてきた。


 もっと社交的になっていれば、ブラック企業から救い出してくれる友人も、休日一緒に過ごしてくれる彼女もできたのだろうか?


 笑顔――なんてものは魂には付いていないが――で話す小鳥遊君を見て、一抹の未練が心の宿る。



「――皆さん、集まったようですね」


 そして何も無いハズの白い空間に、鈴の音のような聞き心地の良い声が響いた――



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