第51話 アイナと王女様4 少しでも楽に

「………何回見ても、暗くて酷い顔……。」


あれから毎日の様に白いフリルのワンピースを着た女の子の幽霊が、私の部屋に来るようになった。


…そして、毎日話しかけてくる様になった……。


「もう、そんな顔してると幸せが逃げて行きますのよ。……って…聞こえてませんよね……。」


「…………。」


目の前で声をかけられた。

とりあえず、顔を微動だにさせずに無視をする。

……感情を隠すのは得意。

いつもそうしているから。


「……どうしようもなくなる内に、何か手を打ちましょうよ……。本当に倒れてしまいますのよ。」


また声をかけられたが、やはり反応しない。


彼女の言葉に思う事はある。

……だけど……。



……大丈夫。

…平常心を保て。

そうすれば何も問題はない。

いつも通り。

私は、完璧。

完璧な王女様。


それで良い。


それが、私のあるべき姿。


「………。」



……心身が揺らがない様に……自分にそう言い聞かせた。


______


「………。」


……あの幽霊の子のせいで……授業に少し集中出来ない。


なのに今も、アイナ先生の授業中…すぐ側から視線を感じる。


そう、あの幽霊の女の子が、私の事をずっと見つめているのだ。


……正直言って、鬱陶しい。


今は授業に集中したいのに。


ずっと見られてると思うと気が散ってしまう。


そして、アイナ先生の授業が終わると、今度は私の方に寄ってきて、じっと見てきたり、話しかけて来たりする……。


その度に無視をしているのだが、それでも諦めずに何度も近付こうとしてくる。


あっちは、自分の声が聞こえてないって思ってるのはずなのに……何でそんなにしつこくしてくるんだろう。


(……赤の他人なのに……)


私なんか、放っとけば良いのに……。


……そう、思いながら、今日もまたいつもの様に、あの子を無視して部屋に戻った。


_______ 部屋に戻ってベッドの上に座る。

するとすぐに、扉をあの女の子がすり抜けて部屋に入ってきた。


その子は、私の真上までプカプカとやって来て、顔を見つめてくる。


……彼女の表情は、心配そうな表情だった。


私が暗い表情をしていたからだろうか。


「……いつまで、演技を続けるんですの?」


心配そうな表情で、彼女が聞いてきた。


「……。」


無言を貫き通す。

だが彼女は、真剣な眼差しでこちらを見てくる。


「貴女、本当は、そんな事していたくないんでしょう?辛いんでしょう?」


彼女は、真っ直ぐに私の目を見ながら言ってきた。


「………。」


「………。」


しばらく二人の間に沈黙が流れる。


「……無視しないで下さいまし。もう、分かってますの。貴女が、わたくしの事を見えているという事なんて。」



「……っ!」


思わず息を呑む。

まさか、バレていたなんて思ってなかったから。


「……どうして、分かったのですか。」


動揺を隠しながら聞く。


「……よく貴女の事を見てれば分かりますのよ。……最初は分かりませんでしたけども、貴女…わたくしが声をかける度に少し表情を強張らせてましたから。」


「……そう……。」


気付かれるなんて思ってもみなかった。


……だって、私の上っ面だけの姿に、何年も一緒にいるお母様もお父様も……誰も、気付いてくれなかったから。


「……貴女、一人で抱え込み過ぎですのよ。」


「……何の事でしょうか。」


私は、あくまで冷静を装う。


だが、彼女は、その虚勢を崩そうとしてくる。


「……誤魔化さなくても良いんですのよ。」


「……。」


「……期待されて辛いんでしょう?誰にも言えなくて、苦しんでいるんでしょう?」


「……っ……。」


「……辛かったら、吐き出せばいいじゃないですか。」


「……出来ない……。」


「なぜ、出来ないんですの?」


「……。」


私は、その問いに答えられず、視線を彼女から外した。


……一度弱みを出せば、きっと、今まで隠せてきた事がもう隠しきれなくなるから。


一度崩れたら、もう簡単には戻れない。


今の私が、私じゃなくなったら……きっと、私なんて、必要とされなくなる。


だから、駄目だ。

こんな弱い所を見せたりしたら……皆んなが離れてしまう。……だから、絶対に、見せちゃいけない。


「……頑固な人ですわね。」


そう言うと、女の子は、私の顔を両手で掴んで無理矢理、目線を合わせてきた。


「な、なにするの!?」


「何もしません。ただ、ちゃんと目を見て、話をしてほしいだけですわ。」


「……っ……。」


……彼女の目は、真剣そのもの。

気迫で圧されてしまうぐらい、強い目をしている。


「……改めて聞きますわね。何故、辛い事や苦しい事を、誰にも相談出来ないんですの?」


「……一度、弱みを出せば、きっと崩れちゃうから……。今まで隠し通せてた事が……隠せなくなっちゃうから……。そうなったら、失望される。必要のない子になる。」


震えながら話す。

それは恐怖心から来るものなのか、それともまた別の何かか。

自分でもよく分からない感情だった。


「……。」


女の子は、黙って私の話を聞いていた。


そして少し考えてから……口を開いた。


「……そうかもしれませんわね。でも、それで貴女が壊れてしまったら、それこそ意味がないんじゃなくて?」


そう言って彼女は、私を見つめてくる。

その瞳には、哀愁の色が見えた気がする。


「そうかもしれないけど……。」


それでも……怖いものは怖くて、不安なもので、嫌なのだ。


「……崩しちゃえばいいじゃないですか。そんな意地なんか。」


「……え……」


…彼女は、少し怒った表情で、こちらを見ていた……。


「くだらないプライドなんて捨ててしまえば良いんですのよ。」


「そ、そんな事言われても、捨てられないものは捨てられない!それに、私が我慢すれば良いだけだから……。」


つい声を大きくして反論してしまう。


しかし彼女は怯まずに言葉を返してくる。


「貴女は、自分の意思が無いんですの!?そんなの、生きているとは言えませんわ!いつまで縛られて生きるんですの!?」


「私の気持ちなんてどうでも良い!!周りが求めている様に振舞っていれば良いんだもん!」


「貴女は、本当に周りの事ばかり気にしますのね。そんなに他人が大事?自分の事よりも他人が大事なんですの?」


「………」


「違いますわよね?貴女は、他人の為に……なんて思ってないはずです。」


彼女は、真っ直ぐな目で見つめてくる。

その目からは、確かな自信の様なものが感じられた。


「わ、私は、別に、誰かの為とかじゃ……。」


彼女の目を見ていられなくなって思わず視線を逸らす。

だが、すぐに顎を掴まれ、また目線を合わされる。

彼女の目を見ていられない。

だが、視線を外しても、彼女から感じる威圧感は変わらない。


逃げ場を無くすように、じっと見つめられ続ける。


「貴女は、本当は、どうしたいんですの?どうなりたいんですの?」


彼女は、私の心の中を覗くような目で言ってくる。

その目に吸い込まれそうになる。


「……私、は……。」


言葉が上手く出てこない。

言いたくない。言ったら駄目だ。

そう思うのに、何故か、口から勝手に溢れ出てくる。


「……私、本当は、もっと自由に生きたい……。何も縛られずに……暮らしていたい……。苦しみたくないよ……辛い思いしたくないよ……。」


言ってしまった。

言っちゃいけなかったのに。

言ってしまうつもりはなかったのに。


なのに、言ってしまった。

後悔しているはずなのに、どこか安心している自分がいる。

言えて良かったと思っている自分がいる。


「……やっと本音を出しましたわね。」


彼女を見ると、満足そうな顔をしていた。

その顔を見て、私はハッとする。


私は慌てて訂正しようとする。

だが、それよりも先に、彼女の方から話しかけてきた。


「それでいいんですのよ。」


「え……?」


「もっと、自分に正直になって下さいまし。」


彼女はそう言うと、私の頭を撫でた。

優しく、労る様な手つきで。


「……う……?」


その優しい手に、自然と涙が零れ落ちてくる。

それを拭おうと、手で目元を覆う。

だけど、止まってくれない。

次から次にと流れてくる。

止めようとしても、止められない。


「……っ……うっ……」


「大丈夫ですわ。……何も心配いりませんのよ。」


そう言って、女の子は、泣き崩れる私の背中をさすりながら抱きしめてくれた。

体温は感じない。

だけど温かくて、心地の良い感覚……


「……わ、たし…ずっと……がんばって…きたの……完璧な、王女様になりなさいって……ちっちゃい頃から、言われて……」


「……。」


「だ…から、頑張らなきゃ……って思って、勉強も、運動も…いっぱい頑張った……。」


「…うん。」


「…でも、その度に、周りからの期待が、大きくなって、どんどん苦しくなって……」


「……そうだったんですのね。」


「……だから、辛くて、逃げ出したくて、でも、逃げたらきっと皆に、失望されて…必要とされなくなる…と思って、それが怖くて、怖くて仕方がなくって………。」


嗚咽混じりに、私はそう言い続けた。

その間、女の子は相槌を打ちながら聞いてくれた。


誰かに、こんな事を話すなんて初めてかもしれない。

だけど、不思議と話しやすかった。


……彼女が幽霊で、他の人に見えていない存在だから?


分からない。


分からないけど、今はただこの時間が続いて欲しかった……。


ただただ子供みたいに、泣きじゃくって…気持ちを晴らす……この時間が。

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