第52話 アイナと王女様5
「……落ち着きましたか?」
しばらく泣いていた私が、落ち着いた頃を見計らったのか、彼女はそう声をかけてきた。
それに、小さくコクリと首を縦に振る。
「……少し楽になった……かも……」
そう言いながらも、まだ少し涙が残っていた。
すると、突然頬に手を当てられる。
「えっと……?」
戸惑いつつも、されるがままにする。
すると、指で涙を掬われた。
その行動の意味が分からず、戸惑っていると、 彼女は、微笑みかけてきた。
「ふふ、良かったですわ。」
「……こんな情けない姿を、誰かに晒すなんて初めてだった。」
「あら?それじゃあ、わたくしは王女様の弱いところを初めて見た女……という事ですわね。」
彼女は嬉しそうだ。
「あはは……ナニそれ……。」
ニコニコしながら変な事を言う彼女につられて、少し笑顔になる。
「……ねぇ、どうして私なんかの為に、あそこまでしてくれたの?貴女には…何のメリットも無いはずなのに。」
「見てられなかった…というのもありますが、最初のきっかけは……アイナですね。」
「え?アイナ先生?」
「はい。彼女が、貴女の様子を見張る様にわたくしに言ってきたんですの。……貴女の様子が何処か変だって…。」
「え……」
「最初は、そんなに気にしてなかったらしいんですのよ。……でも、日が経つにつれて、貴女のそのやせ我慢に勘づいていたらしいですわ。」
「…アイナ先生…が……。」
確かにあの人…私の事をよく見てたし、悩み事がないかって……聞いてきていた……。
その時は、何も無いと。大丈夫だとしか答えなかったけれど……。
「……そっか。アイナ先生なんだ……。」
私は、そう呟いて俯く。
胸の奥がじんわり暖かくなっていく。
嬉しい。
その感情が溢れ出てくる。
だけど、それと同時に、申し訳ないという思いも湧いてくる。
「ごめんなさい。私のせいで…迷惑かけちゃって…」
「誰も迷惑だなんて思っておりませんわよ。わたくしも、アイナも。」
彼女は優しく語りかけるように言う。
「……そう言えば、自己紹介がまだでしたわよね?」
そう言って、女の子がこちらを見る。
「わたくしはサメロア。アイナを愛して、アイナに愛されてる幽霊ですの。」
「愛されてるの…?」
「はい。それはもう。だって、十年の付き合いですもの。」
「……そうなんだ。」
彼女は、自慢げにそう言った。その言葉を聞いて、私は羨ましいと思った。
「……いいなぁ。」
「ふふっ、そうでしょう?」
「うん。凄くいいと思う。……私は……愛されてるけど……そういう感じの愛され方とは違うから……。期待に応えないと……お母様は愛してくれなかった。お父様は、仕事で忙しくて……中々会えなくて、私の事、あまり構ってくれなかったから。…だから、お母様の言う通りにして、期待に応える事で、やっと愛された気がしていたの。」
「………。」
「……でも……自分が辛くて……それでどうにかなっちゃったら意味ないのにね。」
そう言って私は苦笑いを浮かべながら、自分の手を見つめた。
「……そうですわね。」
それを見ていた彼女はそう言って彼女の手を握り締めた。
「……なに?」
「いえ、何でもありませんわ。」
そう言いながら微笑む彼女を見て、思った。
……幽霊だからか、体温は無いけど、あったかいなって……。
_________
翌日。
中庭にて、いつもの様に魔法の授業を受けている。
そして、休憩の時間がやってきた。
アイナ先生が座っているベンチの隣に座る。
その近くには、サメロアもいる。
「……アイナ先生……あの……」
「なんじゃ?」
「……その……ありがとうございました。……私の為に、あれこれ考えてくれたって……。」
「………ふむ。」
アイナ先生は、それだけ言うと空を見上げた。
そして、しばらくそうした後に、私に問いかけてきた。
「少しは、気が楽になれたかの?」
「……はい。」
「なら、良かったのじゃ。」
ほんのりと満足げな顔をするアイナ先生。
…でも、すぐに真剣な表情になる。
「……それは、良いが……まだ根本的な解決にはなっておらん。」
「…え?」
アイナは、小さくため息をつく。
「お主の悩みの根本的な原因は……ミリオネッタ王妃……じゃろ?」
「……あ…と……そう…ですね……。」
歯切れの悪い返事をする。
そんな私をじっと見据えているアイナ先生。
「…幼き頃から、彼女の理想の形を押し付けられ、それに従い生きてきた。期待されて、裏切れなくなって。……でも逃げ出せなかった。」
「…そうですね。」
「…そして、これからも。あの王妃様の考え方をどうにかしなければ、また同じことの繰り返しになろう。」
「……。」
そんな事は分かってる……。
だけど……。
「……言うことに逆らえんし……反論も出来んか……。」
「……。」
「まあ、そうであろうな。」
「……小さい頃からずっと、言われた事に従い続けてきたんです……。そうすれば、お母様から……愛してもらえたから……。」
俯き気味に、ボソッと呟いた。
すると、アイナ先生が私の頭を撫でた。
「昔からの積み重ね…か。……いきなり変える…なんて、無理な話じゃよな。」
「………。」
そう言って私は俯く。
「……でも、お主から、自分から直接言わんと…伝わらんじゃろう。」
「……です…よね。」
自信無さげに……呟いた。
「……じゃが、無理する必要もなければ、そう急く必要もない。……ゆっくり、ゆっくりと変えていけばいいんじゃ。…我も、サメロアも出来るだけ、協力するからの。」
アイナ先生は、そう言って私の頭から手を離す。
「アイナ先生……」
そんなアイナ先生の顔を見上げる。
先生の目は、優しい目をしていた。
その目は、何処までも暖かくて、何処までも広くて深い海のような優しさを感じた。
その目を見ていると、安心した気持ちになった。
______
「…さて……我は我に出来る事を考えるとするか。」
ミリスが去って行った後に……そう呟いた。
サメロアは今、ミリスに付いている。
ミリスのメンタルケアはサメロアに任せる。
……ほぼ誰にも見えないサメロアになら、ミリスは素直になれるだろうから……。
「……ミリオネッタ王妃。貴女は何故、そこまで彼女に厳しく当たるのか?……それが分からん。」
…分からないのなら、直接本人に聞けばいい。
だが、ズバリと聞くわけにはいかない。
それとなく誘導して、聞き出す。
「……この時間帯なら、王妃は部屋にいるはず。……行くかの。思い立ったら、まず行動じゃ。」
…王妃様の部屋に向かう。
コンコンとドアをノックする。
すると中から、入室を許可する声が聞こえた。
ガチャリと扉を開ける。
そこには、王妃様と……豪勢な服に身を包んだ男性がいた。……王様だ。名前はトラネル…だったはず。
普段、多忙の身だと聞いているが……今日はそうでもないのだろうか。
「あら、誰かと思ったらアイナ先生じゃない。何か御用かしら?」
そう言った王妃様は、こちらを見てきた。
その隣に居る王様はこちらを見てくる。
その顔からは、自分に興味を示す様な感じがした。
「ああ、いえ…少しお話でも……と思いまして……。ですが、今…取り込み中のようですし、出直してきますね。」
そう言って、踵を返そうとすると、王妃様に呼び止められる。
「待って下さい。別に構いませんわよ。それに、丁度良いタイミングだったかもしれませんわ。」
そう言って、ニッコリと微笑む王妃様。
そして、その隣の王様が口を開く。
「そうですよ。折角来られたのですから、どうぞ、中にお入りください。」
彼は、ニコニコしながら私にそう言ってきた。
…拒否権は無いようだ。
仕方ないので、部屋の中に入る。
入るとすぐに王妃様はソファーに座るように促してきた。
……言われるがままにソファに座った。
「お初に御目にかかります…王のトラネルと申します。話は、妻から聞いております。…まさか、あのアイナ・リヴァリスココン様、直々にご指導頂けるとは、娘も光栄に思っている事でしょう。」
王様はそう言って私に向かって深々と頭を下げた。
それを見ていた王妃様がクスッと笑みをこぼす。
「もう、あなた。そんなに下手に出なくても良いのでは?」
「ははは……ついね。アイナ様は世界一の魔法使いだから。」
そう言って、王様は苦笑いする。
……噂通り、腰が低く優しそうな王だ。
そんな事を思いながら、二人の様子を伺う。
「勿体無いお言葉ありがとうございます。」
「いえいえ、とんでもありません。」
そう言って、お互いが謙遜し合う。
それから、世間話が始まった。
それは、本当に他愛のない話ばかりだった。
そして……しばらく話をしている間にだんだん身内の話に寄らせるように仕向けていった。
「そう言えばアイナ先生……ミリスは最近どうでしょう?何か変わった事などはありませんでしょうか?」
「そうですね……。特にこれと言って何も変わりはないと思います。いつも通り、真面目でちゃんと話に耳を傾けてくれていますよ。」
王様からの質問にそう答える。
すると、王妃様が口を開いた。
「良かったですわ。ちゃんと、王族らしく振る舞えている様で。」
王妃様はホッとした様子を見せた。
「……ええ、本当に。15とは思えない程、しっかりしていらっしゃっいます。」
「……そうですか。……中々に忙しい身分なものですから……ちゃんと自分の目で娘の事を見てあげれる事が少ないんですよね。…教育の事も、ほとんど妻に任せっきりですし……。ですが、ちゃんと、誠実に育ってくれている様で良かったです。」
王様はそう言って、嬉しそうにしていた。……純粋に娘の事を愛しているんだろう…という事が伝わってくる。
「……ところで、何故ミリス様に、あれ以上魔法を上達させようとされているのですか?……自分に教わる以前から、上級魔法を扱えていた様ですし……。それぐらい出来れば……正直、これ以上の技術は必要ないかと……思ったのですが。」
……王妃に問う。
彼女は、少し考える素振りを見せると、ゆっくりと口を開く。
「……確かに、そうですね。ですが、やっぱり、もっと力を付けて貰わないといけません。何故なら、ミリスにはこの国を背負って立つ人間になってもらわなければならないからです。その為に、出来る事は"完璧"にこなしてもらえる様になりたいのですよ。」
彼女の目は真剣そのもの。嘘をついているようには見えない。
「そうですか。……しかし、何故そこまで彼女が完璧である事にこだわるのですか?」
「……彼女を信じているからですよ。あの子なら、誰にも……何も言われない、完璧な子になれるんだって。」
そう言った王妃様の目は、澄んでいた。その目には一切の曇りが感じられない。
瞳の奥に見えるのは、揺るぎない信念。……そんなものを感じた。
「…誰にも…何も言われない……ですか?」
「…ええ。……そうです。私みたいに、ならない様に……。」
「……?」
……王妃様は、少しだけ暗い顔をしている……。
それに、言葉の意味がよく分からなかった。
私みたいにならない様に……とはどういう事だろうか?
そんな彼女の様子に気付いたのか、王様が口を開いて…別の話題を振ってきた。
そして、そのまま…質問する事が出来ず…ずるずると会話だけが続いていった……。
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