第49話 アイナと王女様 2
王都に来てから、2ヶ月が過ぎた…。
「…で、どうでしょう。アイナ先生。ミリスの様子は。何か、ご迷惑や粗相をお掛けしたりしていないでしょうか?」
「いいえ、そのような事はございません。いつも熱心に授業を受けてくれています。」
今日は、王妃様とお話をしている。
内容は、王女様の事について。
いわゆる経過報告。
「それは良かったですわ。一王族の者として、礼儀がなっていない……なんて事は許されないものですから。……でもまぁ、あの子なら心配は要りませんよね。昔から、厳しく育ててきましたから。」
「そうですね。とても真面目な子です。」
「ええ、本当に。……私にとって"理想の良い子"です。」
それからしばらく、王妃様と喋った…。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……ふむ、理想の良い子……か。」
自室で茶を嗜みながら、王女様の事を考えていた。
「…確かに、あれだけ完璧に振る舞える子は、そうそうおらん。……正に理想の子じゃな。」
…だが、完璧という訳ではないはず。
所々に綻びがあり……無理をし続けていれば、いつかそれは崩れ去る。
「…ミリス、あの娘…色々抱え込んでないといいけどのぉ…。」
今の所、彼女の事を見ていておかしな所はない。逆に、完璧な程に周りからの信頼を得ていて、期待も大きいだろう。
特にあの王妃様……さっきの報告の時に話して思ったが……相当な執着を娘に対して持っている。
「愛情でもあるが……別の何かも持ち合わせている。それが何なのかは、今の所は分からん……。」
……だが、それは確実に重たいもので、それを人に向ければ圧になる。
彼女が、それに気付かない鈍感であれば良い。
……だが、あれほど常に回りを気にしている彼女だ。
それに気付いていない……なんて事があるはずがない。
「……心配する必要がないくらい、あの娘自身はしっかりしているのに……何故こうも周りには不安要素しかないんじゃ……。」
先生として、彼女の事をしっかり見守らなければ……。
________
次の日 いつも通り中庭での魔法の授業を終え、休憩時間に入ってベンチに座って休憩していた。
隣には、王女様…ミリスも座っている。
……せっかくだし、何か悩みがないかだけでも聞いてみるとしよう…。
「なぁ、ミリスよ。お主……何か悩みとかあったりしないかの?」
自分は、唐突にそんなことをミリス王女に投げかけた。
ミリスは、首を傾げながらこちらを見てきた。
「……え?急にどうしたんですか……そんなこと聞いてきて?」
ミリス王女は不思議そうな表情を浮かべながら聞いてきた。
自分はそんな彼女に微笑んで返した。
「いやなに、お主も年頃じゃからな。悩みの一つや二つでもあるんじゃないかと思っての…。」
そう言うと、彼女は少し考えるような仕草をした。
「うーん……特にありません。」
王女様は、顎に手を当てながら答えた。
「そうか……ならいいのじゃ。変なことを聞いて悪かったの。」
……自分がそう返答をした直後、王女様は暗い顔を一瞬した……様に見えた。
「いえいえ、大丈夫ですよ。」
そう言って、彼女は笑顔を見せてくれた。
「……そうか。」
そして、そのまま二人で談笑をして…しばらくしたら、また授業に戻った…。
__________________
その日の夜 自室にて
ベッドの上で横になって、考え事をしていた。
今日一日、ずっと考えて……。
王女様の事について。
今日の彼女のの言動、行動を思い返してみるが、おかしいところはほぼなかった。
一点だけ挙げるとすれば、あの一瞬だけ見せたあの暗い表情。
だが、それ以外は本当に違和感が無い。
ただの見間違いかもしれないが、その一点だけどうしても引っかかる。
彼女に何かあるのか。
それとも、ただ単に自分が心配しすぎているだけなのか。
どちらにせよ、今は見守ることしか出来ないだろう。
彼女の事は彼女自身にしか分からないのだから…。
「もどかしいのぉ……。」
……そうして……眠りに付こうとして目を閉じようとした時……
……ベッドから白いフリルのワンピースを着た白髪の少女がすり抜けてきた。
「……なんでおるんじゃ、サメロア…。」
「ああーー2ヶ月ぶりのアイナですのーーーー!!」
そう言いながら、サメロアは横になっている自分に覆い被さる様に倒れ込んできた。
自分の胸の上に頭を埋めてスリスリしてくるサメロア……。
「人の話を聞かんか……。」
…まぁ、こうなったらしばらく話を聞くことはないので、好きなようにさせる…。
そして、数分間そうしていたら……
「ふぅ……今まで足りていなかったアイナ成分の補充完了ですわ。」
「なんじゃ、我の成分って…。」
「わたくしが必要とする成分ですの!!」
何故か偉そうに言うサメロア。
「……まぁ、よい。…それで、何故おるんじゃ?お主には、我がいない間、キヨトとエルラの側にいるように言っておいたはずなんじゃが……?」
「すいません。アイナに会いたくて会いたくて、仕方がなかったんですの。で、気が付いたらここに来ていましたわ。」
…と、悪びれもない顔でそう言ってくるサメロア。
そんな彼女を自分は呆れながら見た…。
「全く、お前は……。」
すると、彼女は少し寂しげな表情を見せた。
「だって、会いたかったんですもの。仕方ないじゃないですか。……それに、あの二人ならわたくしがいなくても大丈夫ですの。上手くやってますわ。」
「はぁ~……しょうがないのぉ……。…王女様の授業の時は邪魔するでないぞ。」
サメロアの頭を撫でながら、そう言った。
「ええ、分かっていますの。貴女の邪魔はしませんわ。」
……この夜に、サメロアから自分が居なかった間にどんな事があったかを聞いた。
____________
王女様の部屋
「……何で、アイナ先生、あんな事聞いてきたんだろう……。」
私は、ベッドに座りながらそんな事を考えていた…。
……あんな事を聞いてくるという事は、自分に何か悩み事がある……という風に見えていたという事。
「ダメだなぁ……。私は、完璧で欠点なんて一つもない。そんな素晴らしい王女様じゃないといけないのに。」
小さい頃からそうだった。
私は、“王女様“を強いられてきた。
____何でこんな簡単な事も覚えられないの!?貴方は、“王女様“なのよ!!!その自覚をもっと持ちなさい!!
_____ご、ごめんなさい……。
自分が王女様である……という自覚を持たされた。
____何、このぬいぐるみは?なんでこんな庶民っぽいものがあるの?
____あ、それはこの前、兵士さんと一緒に行った街で買った物なの!可愛いよね。
____そうね。可愛いと思うわ。
____でしょう?
____でも、貴方には必要ないし、ふさわしくないもの…。
…外出の許可を取ったのは見聞を広めて貰う為なのに…こんな俗っぽい物を買うだなんて…。
これは、後で捨てておきます。
______え!?な、なんで……
______言ったでしょ?
貴方には、必要ない。
ふさわしくない。
分かったわね?
____で、でも……
____“分かったわね?“
_____…はい。
____よろしい。
…じゃあ、今度貴女にふさわしい、本や服を買ってあげるわ。
だから、もう二度とこんな物を買わないように。
いいわね?
___はい……。
王女様である自分に、相応しい物を与えられた。
_____凄いじゃない。こんなに出来るなんて。
____えへへ、ありがと、お母様。
いっぱい頑張って勉強したから……
___でも、まだ足りないわ。これじゃ、庶民の出来る子と同レベル。
___…え?
_____貴女は、王女様なんだから、もっと完璧に何でも卒なくこなせる様にならなくちゃ。
だから、もっと努力なさい。
___は、はい……。
王女様は、完璧であるべきという事を求められた。
…だから、私は努力した。
頑張って、頑張って、頑張って…。
そうしたら、人より何でも上手く出来た。
どんな事でも、すぐに習得して身に付ける事が出来た。
同時に、周りから完璧で欠点のない王女様だと言われる様になった。
そう、印象付けられた。
その事を、お母様は喜んだ。
周りも、そのことを誇らしげに語る様になった。
期待が大きくなった。
裏切れなくなった。
常に周りからの視線を気にして、完璧を演じる様になった。
他人が求めてくるイメージに合わせる様に行動した。
そうしたら、どんどん私に対する期待が膨れ上がっていった。
際限なく……限りなく……
「………もっと、完璧でいないと。誰にも心配されないぐらい……強くて…完璧でいないと。」
……じゃないと……そうじゃないと、私は……誰からも求められていない……必要のない子になっちゃう……。
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